第二話 魂とひきかえに九人の嫁を迎えます
「だーかーらー。あいつらは、あいつらだよ」
不得要領な返事を繰り返す勾緒。
というか、それ以外にもなにかを隠しているような気がする。彼女たち的には、明らかに僕に知られたことがまずかったようで、勾緒がそれを隠そうと必死に誤魔化しているのがバレバレだ。その証拠にうしろにいるの他の8人がそれそれ頭を抱えて、「しまった」などと呟いている。つか、しまったはないだろ、しまったは。僕との交渉に代表として選ばれた割には、意外と機密情報の保持には疎いようだ。そういった部分は、やはり太古の生物だな。
「答えてくれないと、嫁の件はなかったことにするからな」
「ええっ!? それは困るって! あたしたち、もう封印解けちゃったし、あなたの霊力もらわないと困るの!」
ふふふ。やはり僕の予想通り、彼女たちには弱点があるらしい。僕から流れ出る霊力を定期的に摂取しないと、なにかとマズいようだ。なぜマズいのかまではわからないが、これは良い交渉の材料になるな。
「だったら、【あいつら】の正体を教えろ! それとも僕が知るとマズいのか」
「そ、それは……」
僕が問い詰めると、明後日の方向を向く勾緒。
【あいつら】という不安材料がある限り、こいつらとの契約なんて出来やしない。いくら自分が霊力を失うと消えてしまうとしてもだ。幸いにも、その事に気付いていない勾緒は、僕にとって御しやすい相手らしい。このまま押せばイケそうだな。
「勾緒、あんた馬鹿なの? こいつだって霊力が滞ると消えるのよ? わたしたちに不利なことなんてないわ!」
「えっ、あたし騙されてたの!? もおっ! サンキュー葵ちゃん。ってことで教えられませんよーだ!」
ちっ、もう気付かれたか。なんで交渉人が葵じゃなくて、勾緒なんだ? あきらかに葵の方が冷静な判断が出来てるぞ。娘狐と呼ばれる彼女たちの、序列や人選基準はわからないが、完全に人選ミスだろ。くそー仕方ない。【あいつら】の件は、一旦諦めるか。
「どーでもいいけど、そこに倒れたままの女の子、大丈夫なの?」
「えっ?」
ヤバい。佳乃のことをすっかり忘れていた。
葵に言われなければずっと放置してたかも。
ゴツゴツした地面に放り出したままで申し訳ないが、こっちも忙しかったんだと、依然眠ったままの佳乃に内心謝りながら、彼女を抱き寄せた。
「オ、オイ佳乃! しっかりしろ!」
なかなか起きない佳乃。
心配になった僕は、彼女の口元に耳をあて、呼吸の有無を調べる。そこで僕は最悪の状況を知った。
「いっ……息をしていない」
「あら~」
化け物にとって、ちっぽけな人間の命なんぞに興味がないのだろう。無関心な返事を返す勾緒に腹が立つが、それを怒っている場合じゃない。手首を押さえても、脈動すらしない佳乃の身体を揺さぶり、悪いと思いつつ、心臓マッサージを施す。
「オイ佳乃! 冗談だろ!? 起きろって!」
必死で彼女の名前を呼び、心臓マッサージを続けるが、一向に回復しない。このままでは、彼女が死ぬ。ていうか、もう死んでる。
数分間が永遠と感じるような感覚のなか、必死に佳乃の蘇生を試みたが、ダメだった。
彼女は死んでしまった。
全力を尽くし、性も根も尽きた僕は、その場にへたり込み、涙を浮かべる。幼馴染だった彼女との思い出が走馬灯のように浮かんでは消えていった。
もう妖怪たちのことなど、どうでもいい。
これから宿に戻り、救急車や警察に連絡をしたあと、僕は彼女の両親に彼らの娘の死を伝えないといけない。脱力感のまま立ち上がり、この場から離れようと歩き始める。
「お困りのよーですねー」
意気消沈した僕の神経を逆なでる声。
振り向けばそこに、勾緒がいた。
もう放っておいてほしい。
僕はこれから大事な用事があるんだ。
そう思いながらも彼女の姿をじっと見る。
「ん?」
なんだあれは。
勾緒の掲げた手に摘ままれた白い物体。丸くて白いボールのような球体。尻尾のような部分を。彼女の指に摘ままれてながらも、そこから元気よく逃げ出そうとしている未知の造形物。
「た、たましい?」
昔、アニメや漫画で見たことのある、人間のたましい。ふわふわとした球体で尾っぽがあり、空中に浮かんでいるような絵を何度も見た記憶がある。忘れるはずがない。あれはたましいだ。
「さて。これはなんでしょう?」
「いや、遅いって。たましいだろ? さっき言ったじゃん。バカなの?」
「えーん。葵ちゃーん! この子、性格悪いよぉ~」
「よしよし。ホント、人間てサイテー!」
僕の塩ツッコミにショックを受け、半泣きで葵にすがりつく勾緒。早くしろ。僕は急いでいるんだ。お前らの寸劇なんぞに付き合っている暇はない。
「それはまさか……佳乃のたましいなのか?」
僕は自分からたましいの正体を当てにいった。
サービスも含め、ワザとらしく溜めて問いかけてやる。
「ピンポンピンポーン! 大正か――あうっ!」
「うっせ! 早く話を先に進めろ!」
勾緒のいちいちウザいリアクションにイラついた僕は、女の子なのに思わず彼女の頭を殴ってしまった。とりあえず妖怪だからセーフとする。
「あうう。今度の黄泉子くんは乱暴ですぅ……」
「ホント、サイテー」
僕に殴られて泣きべそをかく勾緒の頭を撫でる葵の構図。美少女同士の助け合う姿は、傍から見れば尊いのだろうが、早くしてほしい。
「そのたましいをどうする気だ」
もう勝手に僕から話を進めることにする。
よく聞いてくれました風な勾緒の笑顔にイラっとくるが、我慢。
「あたしね! たましいを司る術が使えるんだよ!」
「たましいを司る?」
ドヤ顔で話す勾緒。
たましいを司るという彼女は、ニカっと笑顔を見せて、佳乃のたましいをフニフニと宙に漂わせる。放たれたたましいは、どこへ行こうとしているのか、弱々しく空へと上がろうとその球体を自ら動かし始めたそのとき、
「あっ!!」
思わず大声をあげる。
ふわふわと空中を漂う佳乃のたましいを勾緒がパクりと口に含んだのだ。まだ口のなかに入ったばかりなのか、モゴモゴと彼女のほっぺが動いている。
「な、何をするんだ! 佳乃を離――」
慌てて勾緒に駆け寄り、襟元をぐいっと掴み上げようとした瞬間、僕の顔の横を葵の爪が通り過ぎる。ハッとした僕は、勾緒の襟から手を離すと、今度は葵を睨みつけた。
「落ち着きなさい人間。まだこの女の子の命は失われていないわ。勾緒の下にある限りはね」
「ど、どういう意味だ」
「たましいを操れる勾緒のチカラで、あんたのお友達を蘇らせるって言ってるのよ」
「い、生き返らせられるのかっ!? 佳乃を!」
葵に詰め寄ると、彼女はうざったそうに後ろに下がる。
「ははらへ。わふわふぃふわ、はのふぉふぉよふぃはへらふぇふははへ」
「お前しゃべるなっ! 佳乃を噛んじまうだろうがっ!」
佳乃のたましいを口いっぱいに頬張った勾緒が、自分から説明しようとしたので、怒鳴りつけた。何言ってんのかわかんねーし。誤って佳乃のたましいを噛んだら終わりだ。
「ただし、条件があるの。わたしたちを嫁に迎えること。定期的に霊力を提供すること。このふたつの条件を呑んでくれたら、女の子をその身体に呼び戻すわ」
「くっ……佳乃……」
葵の勝ち誇った顔を見て悔しい気持ちになる。
だが、幼馴染であり、ドジでマヌケなところもあるが、放っておけない可愛さに定評のある佳乃。このまま僕のわがままで死なせるわけにはいかない。残念だが奴らの条件を呑むしかないと判断した僕は、その提案に黙って頷いた。
「ふぁっふぁあ!」
「だからしゃべるなって!」
僕が承諾すると、飛び上がって喜ぶ勾緒。
ニコニコと笑顔を見せる彼女が、おもむろに足元に横たわる佳乃の遺体へと近付く。
「な、なにを始める気だ」
「うるさい。黙って見てなさい」
勾緒の行動を不審に思った僕が、彼女たちに問いかけるが、葵によって遮られてしまう。佳乃の身体を抱きかかえた勾緒が、ゆっくりとその顔を佳乃へと近づけていく。そして、唇と唇がほぼ重なる位置まで近づいた途端、彼女の瞳が急に真っ赤に染まった。
「――!」
その光景を固まったまま見ていた僕。
赤い瞳の勾緒が、妖艶な顔つきでゆっくりと佳乃に口づけをする。
「ん」
キスした唇から漏れる息に思わずドキっとする。
しっとりと重なり合った唇の隙間からわずかに見える、光に包まれた佳乃のたましい。それが勾緒の口から佳乃へと移っていく。
「あっ!!」
その瞬間、佳乃の身体が光を放ち、眩しさのあまり思わず目を閉じてしまう。そして、その光がスッと消え去ると同時に、勾緒が佳乃の唇から離れた。
再び静けさの漂う暗闇が訪れ、佳乃を抱いた勾緒がこちらを向いた。さっきまでの陽気な印象とは全く別人に見える彼女が、赤い瞳を僕に向けたまま、自分の濡れた唇をチロりと舌なめずりして言った。
「ふつつか者たちですが、末永くヨロシクね」
暗闇に浮かぶ赤い瞳。
僕はその瞬間、彼女に魅入られていた。
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