048_questlog.迷宮学
時間がなかなかとれませぬぅ、、、
「んでまあ、地下二階なわけだが……」
正面から迫りくるゴブリンを蹴り飛ばし、壁のシミにする。
あとからあとから湧いてくるが、文字通り蹴散らしながら通路を進む。
ファンタジーのド定番であるゴブリンだが、お約束通り小柄で薄汚くて緑色だ。ただ、一部に熱狂的なファンを持つ「人間の女をさらって子を産ます」という設定はないようだ。見分けはつかないが、ちゃんと雄と雌があるらしい。
ただまあ、頭はあまりよろしくないようで、戦術もなければ連携もない。目についた俺たちに向かって、ひたすらバンザイ突撃をしてくるだけだ。
「少し増えてきたか?」
先頭を歩く俺のすぐ後ろにいたイシュが鼻を鳴らしながら言った。
大鬼を倒して地下二階に降りてきて、かなり歩いたところだが、それなりの数のゴブリンに遭遇している。
とはいえ、地下二階におりてすぐは、虫一匹いなかったのだ。
マッピングしつつ奥に進むとゴブリンが現れはじめ、散発的ではあるが小集団に遭遇するようになってきた。
人口密度というか、ゴブリン密度はそんなに高くないのだが、だんだんと遭遇する数が増えてきている。
「明確に増えてるわね。このペースで進めば、12分後には部屋いっぱいのゴブリンが現れるかもね」
俺の肩に座る身長20センチの電子の妖精さんが、かなり具体的なことを言った。
この階層に入ってからのデータから弾き出した予想なのだろう。
そうしてまた、ゴブリンがぱらぱらとやってきては、俺に蹴り飛ばされて壁の模様になっていく。
ゴブリン単体の戦闘力が低すぎて、かつ連携もなくばらばらに突っ込んでくるので、俺一人で薙ぎ払えてしまうのだ。
とはいえ疲れが蓄積する人間では、こうはいかないだろう。
最後尾を歩くクーディンが大あくびをしている。尻尾をピンと伸ばして、大きく口を開けているので尖った4本の犬歯が良く見える。
緊張感のかけらもないが、幸いなことにトラップの類は一切なかった。
しばらくは注意深く進んでいたが、ちょろちょろと動いているゴブリン共が普通に歩き回っているので、罠のたぐいはないだろうと判断した。
「やっぱり、教科書は間違えてなかったんだ」
カーライラがそんなことを言った。
――『迷宮学』。
そんな学問がこの世界にはあるらしい。
そのまんまだが、迷宮を研究するものだ。
カーライラが魔法学校での選択科目として取っていたようだ。教科書というのは、そのときの参考書籍ということだろう。
意外と科学的な手法で研究が進められているらしく、過去からの膨大なデータに基づき様々な仮説立てと検証が行われてきたのだ。
迷宮学によれば、迷宮の種が定着し、地面に潜って最初の部屋をつくるまでに一年。
その後、約一年サイクルで一階層ずつ深くなっていく。ただ、日当たりと水が少ないと成長が遅いらしい。地中に向かってピラミッドを築くようなものだ。
深い迷宮を支えるためには、地上に膨大なリソース源が必要だ。モンスターを作り出すにも様々な物資が必要なので、森の迷宮は成長が早く砂漠の迷宮は成長が遅い。
人の介入が発生しにくい大森林のただ中にある迷宮は巨大になりやすいという。
当然、スタンピードの規模も巨大だが、そういう場所は人里も遠く、溢れ出たモンスター達も拡散してしまい深刻な被害をもたらすことはないようだ。とはいえ、迷宮が野放しということは、人類の脅威となるモンスターを定期的に吐き出すことと同義だ。魔の森と呼ばれる魔物が跋扈する森林の奥底には、たいてい巨大な迷宮が存在するものだという。
逆に言えば、迷宮が吸収する資源を抑制できれば、迷宮の成長を抑えられるということでもある。事実、四方を深い空堀で囲った迷宮は成長が制限できたそうだ。
モンスターはコアの近くで生産されて迷宮へと放出されるそうだ。
生み出されたモンスターはコアの近くに居座る傾向があるらしく、そこでモンスター同士の格付けが行われる。すなわち、強い者ほど深い場所にとどまり、弱い者はどんどん浅い階層に弾き出されていくのだ。
ただ、例外はいるらしく、先ほど戦った大鬼のように明確な目的を持ったモンスターは特定の場所に移動するらしい。
「なるほど、浅い階層のモンスターが弱いのはそういう理由か」
「ああ、ただ……この迷宮は若いな」
イシュが辺りを見渡しながらそんなことを言った。
「分かるもんなの?」
「単純な話だ。一度でもスタンピードを起こした迷宮は、すべての階層にまんべんなくモンスターが生息している」
イシュの言葉にカーライラが頷く。
「そうね、盗賊がいたエントランスや、大鬼のいた階層はまったくモンスターがいなかったし。それに、ディゾラ周辺でスタンピードが起こったっていう話も聞かないしね」
「なるほど、まだ生産途中ということか」
迷宮学によれば、年を重ねてどんどん深くなる迷宮は比例して抱えるモンスターも増えていくという。
そして迷宮内のモンスターが一定の数を超えた時点で、大量のモンスターが迷宮の外へとあふれ出るのだ。それが、スタンピードと呼ばれる災厄だ。
ただ逆に言うと、適度に「間引き」をしていれば、溢れることはないのだ。
実際に迷宮都市と呼ばれる迷宮を経済の中心に据えている街は、領主が私兵を使って間引きを行っているそうだ。
「迷宮なんて、潰したほうがいいんですよ」
ルルエはぷりぷりしながらそんなことを言う。
カーライラは苦笑いだ。
「まあねえ……みんな分かってるんだけどね。自分が迷宮のお宝の一部になってしまうかもってのは」
イシュは肩をすくめる。
「それでも潜らずにはいられない。人というやつは、度し難い生き物なのさ」
迷宮というやつは、中で死んだ冒険者の持ち物をダンジョンは溜め込むのだ。そうして、天井知らずの戦利品が膨らんでいく。
それらの中には高名な冒険者が持っていた遺物もあるだろう。
溜め込んだ戦利品が増えるほどに、ますます人を惹きつける。
「性質の悪いカジノみたいなもんか」
「領主にしても、ダンジョンが人食い装置だとは分かっている。それでも、そのおかげで街が潤っているのも確かだ」
「悪どいことに、領民がダンジョンに入るのは禁止しているのよね」
「死ぬのは、他の領地の人間だけか……」
イシュとカーライラは現実として受け入れている感じだが、ルルエは納得いかないようだ。
「いたずらに人が死んでいるだけじゃないですか。迷宮なんて、さっさと枯らしたほうがいいですよ!」
どちらの言い分も「ごもっとも」なので、あえて口を挟むこともないだろう。
心情的にはルルエ寄りではあるけども、迷宮にロマンを感じているのも確かだ。
もっとも、「国家」というくくりで考えると、潰したほうがいいんだろうなとは思う。
ただ、封建領主ってのは、他の領主は潜在的な敵だからな。敵の領民が減って、自分の領地を潤してくれるんなら、笑いが止まらんだろう。
本来なら国家の元に一元管理したほうが良いにきまっているのだが、この国――フランド王国は王の力が弱いからなあ。王とはいえ、所詮は「一番勢力の強い伯」でしかないわけで。
「教会は訓練でたまにつかう。でも、単独で迷宮に入ることは禁止」
クーディンがぼそっと言った。
「クーちゃんも迷宮で訓練してたの?」
ルルエの問いにこくこくとクーディンは頷き、むすっとした顔で言う。
「勝手に動くとすごく怒られる」
「単独行動は危ないもんね」
「違う。装備してる遺物が迷宮に吸われるのだけは阻止、らしい」
錆子が俺の肩の上でつぶやいた。
「……世知辛いわね」
ルルエも梅干しを食ったような顔をして反応に困っていた。
「てか、迷宮から出る遺物って、そもそも冒険者が持ってた物なの?」
「そう聞いたが、違うのか?」
イシュが首を傾げて、カーライラに尋ねた。
「実は、長年の謎なのよねえ。過去に迷宮で死んだ冒険者の装備が出るってのは、実証されてるから間違いないんだけど……新しい迷宮で、過去に発見されたことのない遺物が出ることがあってね」
「迷宮が遺物を作ってるってことなのか?」
「そうとしか考えられないのよねぇ」
カーライラはそう言って、肩をすくめた。
「迷宮自体が、人を寄せ集めるために、遺物を作っていると?」
「今のところ、その仮説が主流ね」
不足しがちな資源を人間に持ってきてもらおうと考えたのだろうか。
迷宮が生物だとすれば、なくはないだろうが、どうなんだ?
「ダンジョンコアをしばいて、聞きだせばいいじゃない?」
錆子がさらっととんでもないことを言った。
「対話可能なの!?」
「キシリス連邦の生物兵器なら、プロトコルは分かってるわよ」
何を当たり前のことを、と錆子は首をかしげる。
「それは面白そうだ」
特に目的も定めずに物見遊山的に迷宮に入ったのだが、隠された真実を知れるかもしれない。
現にカーライラは錆子の言葉で、目をギラリと煌めかせていた。やはり魔法使い系の職は、真実の探求が大好物なのだろう。
などと緊張感のない会話をしながら進んでいるが、毎分4匹ぐらいのゴブリンを壁の染みにし続けている。
飛び道具も魔法もなく、ひたすら錆びた短剣やこん棒を手に踊りかかってくるので、脚を軽く蹴り上げるだけで壁に赤い花が咲く。
彼我の戦闘力に差がありすぎると、戦いにならないという典型だ。
とはいえ、あからさまにゴブリン密度が上がってきたので、ぼちぼち警戒しつつ進むべきかもしれない。
道が分岐するたびにワイヤーガンを先行させてマッピングをしてはいるが、基本的には一本道だった。枝分かれした道は、すぐに行き止まりか部屋にぶち当たっている。当然、部屋の中にはゴブリン共がいるのだが、わざわざ始末しに行くのも時間の無駄なので放置している。
そうしてしばらく進むと、通路の突き当りに大きな扉が現れた。
迷宮の入り口にあったもの、大鬼がいた部屋にあったものと同じ意匠の鉄の扉だ。
どうやら、この鉄扉は区画の区切りにあたるもののようだ。
妙に気密性の高い扉で、スカウト七つ道具の一つである指先スコープを通せる隙間がない。直系2ミリもないケーブルが通らないって、タイトすぎる造りだ。
仕方がないので、扉に手を当てて音響スキャンすると、群衆のようなざわめきが聞こえてきた。
あまりに雑多な音が入り混じっているせいで、人間より小さい生き物が山ほどいる、ぐらいしか分からなかった。
「……ゴブリンが山のように居るみたいだな。とりあえず、俺とクーディンが中で暴れる。他の3人は出入口の前でかたまって、迎撃に専念してくれ」
「やばそうなら、すぐに撤退できるようにだな?」
イシュの言葉に俺は頷き返す。
「何が出てくるか分からんからな。それじゃ、行こうか。命大事に、な?」
俺の言葉に皆がうなずく。
クーディンだけは、大口を開けて欠伸をしていた。目が線になって、鋭い犬歯がむき出しだ。
マジで猫の欠伸だなあ、と見とれてしまう。
猫の欠伸は、活動開始のスイッチのようなもので、心身をリフレッシュして次の行動に備えるものらしい。かならずしも眠いというわけではない、ということだが……。
そんなどうでもいいことを思い出しつつ、俺は鉄の扉を押し開ける。
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