004_questlog.邂逅
俺は反射的に声の聞こえてきた方向へと走る。
――他のプレイヤーがいる。
目の前に迫る岩壁に向かってジャンプ。
高さが3メートルはあろうかという岩壁を一息で飛び越える。
このへんは、さすがのザン機甲兵ってとこか。生身の人間じゃ不可能だ。
岩壁のすぐ向こうに、人間らしきシルエットを確認。
驚かすつもりはないので、5メートルほど離れた場所に着地するように空中で姿勢制御。
というか、落下中なのに当たり前のようにベクトル変更ができるってすごくね。
〈慣性制御できるもの。この程度なら消費電力も少ないし〉
そういや、重力制御と慣性制御ができる体だった。
狙い通り、声を出したであろう人物の手前に降りる。
着地の衝撃で石ころを跳ね飛ばすのも危険だと思ったので、制動をかける。
鋼鉄の塊が落ちてきたとは思えぬほどの、ふんわり着地を決める。
重力制御すげえ。
目の前に、口を半開きにした小柄な女性がいた。
「え……?」
いきなり黒い鉄人が目の前に沸いて出たんだから、そりゃポカンとするわな。
誰何の声を上げたぐらいだ、少しは警戒していたのだろう。長い木の杖を両手で抱えている。
ただ、彼女は何も着ていなかった。そう、マッパである。
彼女の後ろには、たたまれた衣服と木の桶が置いてある。
水浴びでもしていたのかもしれない。
なるほど、さっきまで聞こえていたのんびりした歌声の主は、この人か。
年齢は20歳前後だろうか。少女を卒業したての、まさに妙齢の女性だ。
透明感のあるきめ細かな白い肌。若干緑の入った金色の髪。くりくりとした垂れがちの目。瞳は碧緑――青の混ざった深い緑だ。
そして、長い耳。俗に言う、エルフ耳だ。ただし、垂れているが。
時計盤に見立てると、4時と8時方向に左右の耳がテレーンと垂れている。
垂れ目と相まって、かなりおっとりさんに見える。
なにより目を引くのが、圧倒的な胸部装甲。
装甲の厚さだけなら、俺すらを凌駕している。大変素晴らしいものをお持ちだった。
エルフっ子なのに小柄で豊満な胸とか、かなりのレアものではないだろうか。
「ひっ……!」
俺がガン見したせいか、エルフっ子が怯えたように杖を抱えて身を縮めた。
「あー、ごめん、驚かした――」
何を思ったのか、エルフっ子は不思議な踊りをはじめた。
吸われるMPなんか持ってないぞ、俺。
「たん!」
エルフっ子は、右の肩の上で拍手をし、
「たん!」
さっと腕をまわして、左の肩の上で拍手。
「たーん!」
両腕を左右に広げて、くるりとその場で一回転。
「エー!」
ビシッと両腕を伸ばして頭上で手を合わせる。
アルファベットの「A」のつもりなのだろうか。
「たーん!」
再び、くるりとその場で一回転して、
「アンデッド!!」
杖をこちらに向けて、高らかに叫んだ。
かすかに杖の先が光る。
「…………」
無感情な錆子の声が脳内に響く。
〈電磁波の放射を確認〉
「……えっと、何か影響は?」
〈皆無〉
「だよな……」
ターンエーターン・アンデッド……?
この子、もしやお髭のファンか。
しばらく呆気にとられていた俺だったが、ようやく気づいた。
俺、アンデッドに間違えられたってことね。
てか、機甲兵にターンアンデッドなんか効くわけがない。
きょとんとしている俺を見て、眼前のエルフっ子が驚愕に目を見開く。
「アンデッド……じゃない!?」
はい、違います。
俺、そんなにキモいのかね?
〈鏡、見る?〉
「後でいいや」
何を思ったのか、エルフっ子は杖を右に左に振って叫びはじめた。
「ふぁいとー! いっぱーつ!」
どすっと杖を地面に突きたてて、
「元気、ハツラツ! 身体強化!」
そう叫んだエルフっ子の筋肉がもりもりと盛り上がり、細かった腕と脚に濃い陰影が生まれる。
〈身体強化、レベル2の発動を確認〉
お嬢さん、その呪文って、いくらなんでもおかしくないっすか?
そもそも、CとDが混ざってんぞ。
俺の内心の突っ込みをよそに、エルフっ子は素晴らしい踏み込みを見せ、俺に突っ込んできた。
その思い切りの良さに、俺はちょっと感心した。
初手が効かないと悟った瞬間、すぐさま次の手を打つ判断力。
アンデッドと見間違えるほどの怪しげな見た目をした俺に、まっすぐ飛び込む胆力。
実はこの子、スゲーんじゃなかろうか。
エルフっ子の剛腕がうなり、しなった杖が俺に迫る。
その杖に向けて、ひょいと手を出す。
ゴッ――と小柄な女子が出してはいけない轟音を響かせて、鋼鉄の俺の腕が弾け飛ぶ。
弾け飛んだ腕は、肩関節を中心にくるっと360度まわって元の位置に戻った。実にロボットらしい挙動だ。
さすが機甲兵だ、なんともないぜ。
〈運動エネルギー、美味しいです〉
やはり錆子は抜け目がない。
まんまとエネルギーの回収をしたようだ。
俺の奇怪な動きに一瞬の動揺を見せたエルフっ子だったが、その後も続けざまに殴打を繰り出す。
それを俺はすべて手で受け、足で受け、運動エネルギーを回収していく。
エルフっ子が杖を振るうたびに、圧倒的な質量を持った胸部装甲が慣性の法則に従って、右に左に形を変える。
たゆん、たゆん。
――絶景かな、絶景かな!
だがしかし、美しいと感動する一方で、我が愚息は一ミリも反応しない。
というか、催してしかるべきの劣情が一切顔を出さないんですけども。
これは、アレですかね。ザン機甲兵って、そういう感情が発生しないように調整されてるってことなんすかね。
〈当たり前じゃない。存在しない器官に繋がる神経網なんてないからね?〉
デスヨネー。
そうか、我が愚息は存在しないのか。
なんかショックだぜ。
31年間、ただの一度も実戦を経験することもなく、存在しないことにされてしまった我が愚息。
お前の無念は、この父がかならず晴らす!
〈ハァ…………〉
心底呆れたような溜め息、やめてもらえませんか。
でもなんか、なんかもったいないお化けが出そうだなあ。
この絶景を、ただ無感動に流し見るだけだなんて。
「って、そうだ、録画だ、録画。REC、REC!」
〈一応、ログは取ってるけど、すぐ消えるわよ〉
「これを消すなんて、とんでもない!」
〈意味なさそうだし〉
「意味はあるぞ。俺が人間に戻ったら、有意義に使うからな!」
錆子は疲れ果てた表情を浮かべ、
〈……あ、ごめん、消えちゃった~。いま、消えちゃった。テヘッ!〉
と言って、肩をすくめて舌を出した。
「消えちゃった~じゃねえよ。いま、消したろ、お前」
〈戦闘行動中は無用な処理にリソースをさく必要性を認めません〉
「都合よくAIのふりすんじゃねえ!」
俺と錆子が漫才をやっている間中、杖を振り回していたエルフっ子がその場にへたりこんだ。
肩で息をして、ゼーハー言ってる。
身体強化も切れたのだろう。濃い陰影のついていた腕や脚は、ツヤツヤのつるんとした肌に戻っていた。
こちとら、単体の戦闘力は随一のザン機甲兵ですから。
いくら身体強化を使ったとはいえ、後衛職っぽい女性に殴り負けるとかありえない。
漫才やりながら、片手間に受け流すとか余裕のよっちゃんさ。
「お疲れのところ申し訳ないんだが、ちょっと話を聞いてくれないかな?」
エルフっ子はハッとして俺を見上げ、目を見張った。
「え……黒地に赤の鎧って」
そういや、腕や脚をぐるぐるやったせいで、体に絡みついていた水草がとれちゃったみたいだな。
「……もしかして、お父さん!?」
はい……?