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020_questlog.異端

 「延焼」は両手を組んでハンマーを振るうように殴ってきた。

 

 お野菜な名前のプライドの高い王子様がよく使う技だ。実際にやると小指が折れそうになる。死ぬほど痛いのでよい子は真似してはいけない。

 

 下手に避けるのも逆に危ない気がする。相手の手を傷めないように、適度に力を逃がしつつあえて受ける。

 見事に俺の顎をとらえた殴打は、いい音を鳴らして俺の首を45度ほど傾けた。


 だが俺の脳は揺れない。どれだけの強打を顎に食らおうとも。薄皮一枚の打撃を三度食らおうとも、俺の脳は揺れないのだ。

 

 見事に顎をとらえたにもかかわらず、微動だにしない俺をみて「延焼」は怯えた表情を浮かべた。

 アンデッドかもしれないって思われたかなあ。

 

 俺はなるべく不安にさせないよう、両手を優しく握ってやった。


「驚かしてすまんな。俺は黒騎士のテツオ。ここの盗賊は始末したから安心しろ。あんたの体は衰弱している。あまり動かないほうがいい」


 俺の言葉で、アイスブルーの瞳が大きく見開かれた。

 喜び、安堵、そして、疑惑。

 うん、まあ、分かる。酷い目にあわされて、気が付いたら真っ黒い鉄の塊が目の前にいるとか、無条件で安心なんかできないよな。


「大丈夫ですよ~、この人見た目はアレですけど、とっても安心安全な人なので」


 ルルエが俺の肩越しに声をかけた。

 

 アレって言うな、アレって。


「……あ、ありがとう。私は、カーライラ。ディゾラの街の冒険者……」


 かすれた声でそう言って、「延焼」改めカーライラはアイスブルーの目からぽろぽろと涙をこぼした。

 ルルエはそんなカーライラを優しく抱きしめていた。


「もう大丈夫だから」


 ルルエの姿を見て、カーライラは明らかに安堵の表情を浮かべていた。

 やっぱ、見た目か。見た目なのか。

 早く人間になりたいなー!


〈人間に戻ったところで、アンタの顔を見て安心できるとは思えないんだけど〉


 だまらっしゃい。


    ○


 それからしばらくの間、俺は一人、盗賊の残党がいないか坑道を確認していた。

 

 親分の部屋では、イシュとルルエがカーライラを介抱している。鍵のかかる部屋だし、あの二人がいれば、盗賊の一人や二人出てきても対処できるという判断からだ。

 

〈すべての坑道の確認作業を完了。逃げた奴がいるかもしれないけど、戻っては来ないんじゃない〉


 小さな鉱山だった。

 階層で言えば、全部で三層しかなかった。最下層は坑道というより排水溝だった。その排水溝から風が吹き込んできている。坑内通気も兼ねているのだろう。

 あちこち回ったおかげで、金目のものを結構な数入手できた。金貨、銀貨、宝石に装飾品。美術品もあったが、かさばるのでそのままにしている。

 ここを引き払うつもりでまとめていたのだろうが、頂くほうとしては大助かりだった。

 

 賊の溜め込んだお宝をかっさらうって、拠点襲撃の醍醐味だよなあ。

 強いて不満を述べるなら、遺物というお宝が、じつはゴミだったというぐらいか。

 まあ、ゲームでも苦労して攻略したダンジョンのお宝が、自分では使い道のないものだったなどザラなので、気に病むほどではない。


「ん。一応、表側の出入口も見とくか」


 この鉱山の正門というべき穴は、俺とイシュが入った穴とは反対側の斜面に開いているそうだ。どおりで、馬の姿が見えなかったわけだ。

 

 緩やかな風を背中にうけながら、坑道の斜面を上がっていく。

 

〈ドローンが動体を検知――破壊されたわ〉


 先行して飛ばしていたトンボ型のドローンが破壊された。

 普通ならありえない。鉱山の中を飛んでいる虫をわざわざ潰す奴などいない。


「戦闘モードに移行だ。それで、相手は一人か?」


〈不明。出合い頭の一撃で粉砕されたみたい〉


 暗い坑道を飛んでいる虫をいきなり破壊できるって、どういう目をしているんだ。

 警戒レベルを一段上げる。


「接触する。盗賊なら始末だ」


〈了解〉


 視界に、粉砕されたドローンまでのルートが表示される。

 それに沿ってしばらく歩くと、坑道の交差点のような場所に誰かが立っていた。


 初見の印象は――猫。

 

 薄暗闇の中に光る金色の双眸。

 輝く銀髪のショートボブの上に、大きめの耳が飛び出している。腰の辺りから垂れている尻尾もまた銀色だ。

 艶のある薄い褐色の肌が、銀髪と見事なコントラストを描いている。

 そして、大きな金色の目は、暗い場所にいるからだろう瞳孔が大きく開いている。そのせいか、あどけない印象を受ける。

 

〈スペクトル、赤。キシリスよ〉


 初めて見たが、言われるまでもなく分かる。

 猫人(ねこひと)と呼ばれる獣人だ。


 身長はイシュより少し低いぐらいか。ただ、全体的な肉付きがいい。イシュより間違いなく重く、力も強いだろう。鍛え上げた筋肉をうっすらと脂肪が覆っており、ルルエとは方向性の違うムッチリさんだ。ただ、胸部装甲だけは薄かった。どこぞのエセ関西弁をしゃべる軽空母級だ。調理に使う木の板と言ってもいい。体をぴっちりと覆うボディスーツのせいで、むしろ強調されていた。

 ボディスーツのデザインや意匠は、ルルエの着ている僧服に通じるものがある。

 

 防具の類は脛からつまさきまでを覆う鋼鉄製のフルグリーブ、「それサイズ間違えてませんか」と言いたくなる鉄の塊のようなガントレット。それだけだった。

 

 武器は背中にも腰にも見当たらない。

 どうやら徒手で戦う職業(クラス)のようだ。

 撲殺専用武器にしか見えないガントレットの時点で、決まっているようなものだが。

 

 装備の質もいいし、汚れ一つついていない。

 どう見ても盗賊ではない。

 ボディスーツのデザインからして、ユグリア教会の関係者であろうことは明白だ。

 ここで余計な騒動を起こす気もないので、柔らかい雰囲気で接することにしよう。

 

 一秒に満たない間にそれだけのことを考えた俺が声をかけようとしたところで、相手が大きく息を吸った。

 

 ――ハッハッ、ハー。

 

 そんな息遣いをして、俺を見つめる。

 一瞬、目の色が変わったように見えた。


「……なんで盗賊が生きてないのかと思ったけど。そういうことか」


 少し高めの可愛い声で猫人がしゃべった。

 そして、ニタァっと笑った。

 

 あ、これ、俺のユニークスキル発動したな。

 

 俺は背負っていたお宝の入った麻袋をそっと地面に降ろす。


 ほぼ同時に、猫人が一気に距離をつめる。

 猫人が踏み込んだ場所は、大きくへこんでいた。

 鋭い踏み込みから、その速度を乗せた右ストレートを放ってくる。狙いは俺のボディ。

 

 いくら速かろうと、来るのが分かっていれば対処はたやすい。それに、モクレールの踏み込みのほうがよほど速い。

 難なく体を捻って拳を(かわ)し、猫人の腕を横からトンと押してやる。

 ドガッと音がして、鉄拳が岩壁の表面を粉砕した。

 

 うん、まともにもらったら、俺でもヤバい。

 

 俺は軽くバックステップして、距離をとる。

 

「俺はアンデッドでもないし、彷徨える甲冑(デュラハン)でもないぞ」


 俺の言葉に、猫人はビクッと尻尾を揺らした。

 ただ、表情に変化はない。

 なるほど、尻尾で語る系の女子か。

 

「嘘をつく彷徨える甲冑。初めて見た」


「そっち!? 中に人が入ってるって思わないの?」


 入っていないんですけどね。


 猫人が、プッと笑った。


「……浅はか。お前から生命の色は出ていない」


 なんですかそれ。

 どうやったら、出せるんですか。教えて欲しいんですけども。


〈さっきの息遣い。もしかしたら、魔法器官を起動したのかも。受動(パッシブ)系の能力は解析できないのよね〉


 そういえば、変な息遣いした後、ちょっと目の色が変わった。

 ルルエも魔法器官の起動には、条件付けやきっかけがあったほうがいいと言っていた。

 この猫人の場合は、呼吸なのだ。実戦的ではある。というか、ルルエが佐々木さんのせいで、可哀想なことになっているだけなのだが。


「でも、弱くない。盗賊が皆殺しになったのも分かる」


 再び猫人が距離をつめるべく腰を落としたところで、背後からルルエの声が聞こえた。


「あ、テツオさん! いまの音なんですかー!?」


 ルルエが俺を見つけて走ってくる。ルルエ一人のようだ。イシュはカーライラを見ているのだろう。

 目の前の猫人は、ルルエを見て目を丸くしている。


「プリースト……? なんで?」


 これはアレかな。ユグリア教関連はルルエに任せたほうがいいかな。

 いつもの計画通り、ルルエに丸投げてしまおう。


〈またノープラン計画か〉


 勝てばよかろうなのだぁ。


「え……誰、ですか? でもその服、教会の人ですよね」


 ルルエは目の前の猫人を見て戸惑っている。ルルエも知らない人なのか。少なくともモクレールたち神殿騎士団でも、領都の神殿関係者でもないようだ。

 猫人は、ルルエが俺の横に立って平然としている様に怪訝な顔をしている。


「お前……危険だぞ」


「大丈夫ですよ?」


 ルルエの反応に、猫人はますます困惑している。

 そりゃね。アンデッド判定したモンスターとプリーストが並んでたら、戸惑うよね。

 てか、いい加減気づいて欲しいんですけども。


「この彷徨える甲冑、いったい何?」


「彷徨える甲冑じゃないですよー。テツオさんです。いちおう、黒騎士? みたいです」


 どうして、黒騎士の後ろに「?」がつくんですか、ルルエさん。

 一度、ちゃんと俺の「設定」をルルエとイシュに言い聞かせたほうがよさそうだ。

 

「なにそれ……お前、もしかして、気づいてない? こいつ、生命の色が出てない」


「あー、生命探知したんですね。ザンの人って生命探知にかからないんですよ」


 ほほう、生命探知とな。

 どうやら、この猫人が使った受動系の能力がそうらしい。

 

 猫人の頭上に「?」がいくつも並んでいる様が幻視できる。

 それぐらい困惑していた。


「ザンの人……? かからない? そんなこと、ありえない」


「ありえないと言われましても……」


 うん、面倒臭いことになってきた。

 生命探知か。どういう能力なんだろうな。

 生命の色とか言っているから、視覚に色情報を追加するようなもんだと思うのだが。

 赤外線検出系かな。


〈ありえるわね。生命活動に付随する現象の視覚化だと思う〉


 よろしい、ならばハッタリだ。

 俺はなるべく自信たっぷりに聞こえるよう、尊大に言う。


「お前の生命探知は、その程度だということだ」


 猫人の眉がぴくりと跳ねた。


「なに!?」


「俺の着ている鎧は遺物でな。隠蔽能力が高い。レベルの低い生命探知では検知できん」


「遺物、だと……?」


「そうだな……もう一度、生命探知をかけてみろ。お前が見えなかったものを、見せてやろう」


 俺が自信満々でそう言うと、猫人は眉根を寄せつつも、再び大きく息を吸ってハァハァやった。

 そして、俺を見て大きく目を見開く。


「……そんな。はっきり見える。なぜ?」


 俺は胸を張って答える。


「俺が自身の意思で、隠蔽能力を下げたからだ」


 まごうことなき嘘である。

 まず、生命探知のロジックを、赤外線放射、二酸化炭素放出、呼吸の有無であると仮定した。

 そのうえで、関節部分の温度を上昇させて、呼吸をシミュレートした吸排気を、溜め息用の穴から行ったのだ。その吸排気には二酸化炭素を混ぜてある。

 ただ、温度を上げることについては、錆子が文句を言った。「意味もなく発熱とかないわあ。熱はエネルギーの墓場って言うでしょ。無駄よ無駄」だそうだ。エコ論者で困る。


 あくまで仮定に基づいたものだったが、上手くはまってくれたようだ。

 現に、猫人は「見える」と言って驚いているのだから。


「分かったろう。俺は人間だし、お前たち教会に敵対する者ではない。ここは引いてもらおう」


 これで、この猫人が俺を倒す理由はなくなったはずだ。


「私は……騙されない。お前は、危険な臭いがする」


「危険な臭いて……」


 もしかして、俺ってアダルティなフェロモン出しちゃってる?


〈絶対違うから〉


「異端掃滅官、クーディンがここに宣言する。この異端をここで掃滅する!」


 クーディンと名乗った猫人の口上を聞いたルルエがギョッとしていた。


「異端掃滅官!?」


 何を言い始めたんだ、この猫は。

 異端? 掃滅ってなに?


「ちょっと待ってくれ、俺はユグリア教徒じゃない。そもそも、異端認定ってのは、同じ教徒じゃないと成立しないだろ」


 俺の言葉に、クーディンが「む」と唇を尖らせた。

 しばし無言だったクーディンは何かを思いついた様子で、ボディスーツの左右のポケットに手を突っ込んで何かを取りだした。


「ユグリア教徒の証がある」


 そう言って、クーディンは右手を開く。そこにはユグリア教のシンボルであるサークルクロスがあった。


「異端の証、悪魔の紋章もある」


 左手を開くと、黒いバッチみたいなものがあった。


「二つを同じポッケに入れる」


 そう言って、クーディンは二つとも同じポケットに入れた。


「異端のできあがり」


 ドヤア――とクーディンが、ない胸を反らした。


「完全に、証拠の捏造じゃねえか!」


「大丈夫。異端掃滅許可証、持ってる」


 どこの女王陛下にもらったんだよそれ。


 このクーディンという猫、完全にいろいろと破綻している。

 いっそのこと、この猫始末して、鉱山に埋めちゃおうか。

 そんな考えが頭をよぎった。



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