017_questlog.襲撃
白い部屋。白いカーテン。白いシーツ。
白い白い部屋だった。
白い枕に、絹に似た漆黒の長い髪が埋まっている。
長い髪が揺れる。
白い顔が現れた。
瞳の色は俺と同じ色。
薄いピンクの唇が言葉を紡ぐ。
「ねえ、お兄ちゃん」
「なんだ?」
「お願いがあるんだけど」
「何でも言ってみろ。俺にできることなら、なんでもやってやる」
薄いピンクの唇が三日月の形になる。
「それはね、私を――――」
○
俺はハッとして身を起こす。
上半身から、藁がパラパラとこぼれた。
厩舎の格子窓からは、早朝の柔らかな光が差し込んでいる。
「……機甲兵でも、夢見るんだな」
俺の独り言に反応して、視界の片隅に赤褐色のツインテールを揺らしながら錆子が現れる。
〈そりゃそうでしょ。お脳は人間のままなんだから〉
「夢の内容って、見えてたりする?」
〈無理。視覚情報としてキャプチャーできないもの〉
「なら、いいや」
久しぶりに夢を見た。
それも、よりによって妹の夢だ。
昨日、それっぽい話をしたからだろうな。
俺は肩と首を回して、両腕を天に伸ばす。
軽いストレッチのつもりだが、機械の体にはなんの意味もない。
だが、精神には意味のあることだと思う。たぶんな。
足元を見ると、酒瓶が何本も転がっていた。
俺もついつい飲みすぎたようで、96度の酒の瓶が空になっていた。
「全部飲んじゃったか……二日酔いに、ならないよな?」
ちょっと不安になった。
〈半分は電力に変換して、残りはストック。それと、血中にアルコールがまわることなんてないからね?〉
安心した。けども、ちょっと損した気分ではある。
酒を飲んでも、ご機嫌にはなれないのだ。
「全部、電力にしなかったんだな」
〈無理。二次電池の容量はそんなに大きくないのよね。比エネルギーがイマイチだから〉
「そりゃ、反物質なんていう最高の電池と比べりゃな」
ふと横を見ると、藁の山から白い生足が二本生えていた。
つるつるでムチムチなので、ルルエの脚だ。膝裏が見えているから、俯せで寝ているのだろう。
しかし、この警戒感の無さはなんとかしないとダメだな。常に俺が横にいるわけにもいかないだろうし。
太ももから上は、藁の山に埋まっている。
息ができているのか心配になって頭のほうを覗き込む。
うまいこと顔の前だけは藁が除けられていた。
しばらく放っておいていいだろう。
ルルエの反対側には別の藁の山があり、山の中腹から、オレンジ色の尻尾が生えていた。
尻尾がピクンピクンと動いているから、大丈夫だろう。
というか、無性に尻尾を掴みたくなった。が、ぐっと我慢する。
朝っぱらから無駄な喧嘩をすることもない。
俺は厩舎を出て、表通りへと向かった。
俺たちを運んでくれる貨物馬車の運ちゃんは、もう準備ができているようで、領都に向かう隊商が出発すれば、一緒に出るという。
ただ、すぐに出るわけではないらしく、あと二時間ほどは余裕があるそうだ。
貨物馬車の周りには、同じ形の荷台を引く馬車が何台も止まっていた。
運ちゃんいわく、定期貨物馬車は領主が運営する公共物流組織であり、こうして時間を合わせて合流し、一塊になって領都に向かうのだという。
馬車の車列の向こうを見れば、装備の整った兵士たちがたむろしていた。
護衛の任を帯びた領主の私兵らしい。
護送隊列を組んで、移動するというわけだ。なかなか理にかなっている。
護衛を雇えない小規模商人や単独の行商人は、こういった隊列に寄り添って一緒に移動するらしい。そして、護衛を受け持つ大きな隊商に、護衛費用の分担金を払うのだという。分担金の額は馬車の大きさや人数で変わるが、個人で護衛を雇うことを考えれば破格の安さらしい。
これは、商業ギルドの方針だそうだ。「どんな大きな商会でも、最初は一台の馬車だった」という標語を掲げているという。
相互扶助の精神に溢れた、なかなか健全なギルドだと思う。
出発時間は、現地時間でいうところの午前7時頃らしい。
金持ちは普通にゼンマイ式の懐中時計を持っているようで、時間を合わせて何かをするのは特に問題ないようだった。
そういえば、この町の中央広場に、でっかい時計台があったような気がする。
「んじゃ、一時間後ぐらいにまた来るわ」
俺がそう言うと、運ちゃんは手を振って応えた。
とりあえず、藁に埋まってる奴らを叩き起こして、朝飯でも食わそう。
○
昨日に引き続き、今日もいい天気だった。
領都に向かう街道を様々な形や大きさの馬車が、長い車列を作っている。車列の両脇には領主の私兵、大きな商会が雇った護衛の傭兵や冒険者がそれぞれのグループに別れて歩いている。
俺は「荷物」なので、荷台の真ん中だ。
たまに体を起こして景色を眺めると、俺と顔を合わせた冒険者がギョッとしていた。
どうやら、鎧の置物だと思われていたようだ。
ルルエは「あ、頭が痛いです」と言って、俺の膝を枕に横になっている。
どう考えても二日酔いだ。ただ、やっていることは昨日と同じなので、気にしないことにした。
イシュは昨日と同じく大きな木箱の上で、尻尾を抱えて丸くなっている。
時折、三角の耳がピクピクしているので、深い眠りではないのだろう。
イシュの耳は、頭の上に乗っかっている二つしかない。当たり前の話ではあるんだけど、人間の耳があるべき場所に何もついてないと認識したときは、軽く混乱した。
〈イシュの頭蓋骨のX線画像見る?〉
「……なんでそんなもんあるんだよ」
〈ちょっと興味があって。知的好奇心? 何かあったときの医療用データってことで〉
X線で盗撮とか、レベルが高すぎる。
痴的好奇心なんじゃないかと思ったが、言うまい。
AIにだって、変態的嗜好があってもいいじゃないか。
〈聞こえてるんだけど……〉
このまま領都にのんびりとしたまま到着を――しなかったようだ。
前方、先頭集団から様々な音が聞こえてくる。
機甲兵イヤーは地獄耳なので、なんでも聞こえるのだ。
クロスボウの弦が弾かれる音。盾にボルトが刺さる音。馬のいななき。
明らかに襲撃を受けている。
俺が荷台の上で立ち上がると、同じくイシュも立ち上がった。
「聞こえたな?」
俺の問いに、イシュは弓を手にしつつ首を傾げている。
「ああ。しかし、意外だな。こんな領都の近く。しかも、これだけ護衛がしっかりしている隊列を襲う盗賊がいるとは思えんのだが……」
ルルエは俺が立ち上がったせいで、枕を喪失して荷台の床に転がっている。
「ほえ? もう着いたんですか? ご飯はまだいいです」
半分寝ぼけていた。
護衛たちが、こぞって声を掛け合いながら、前へ前へと走っていった。
「どれ、ちょっくら見学してこようかな」
「助太刀に入るわけじゃないのか?」
「俺、荷物だしなぁ」
イシュはふふっと笑って、
「好きにすればいい。たぶん、早々に撃退されて終わりだろう」
俺は荷台からひょいと飛び降りて、喧嘩の野次馬をするがごとく、他の冒険者と一緒になって先頭集団に向かって走った。
先頭集団のごつい馬車が前に出て壁になっていた。護衛の射手たちは馬車を壁にしてクロスボウを構えている。盾と槍を持った兵士は、その射手を守るように側面防御。かなり手慣れている感じだ。
俺は軽くジャンプして、戦闘が良く見える大きな馬車の箱の上へと降りる。もちろん、お得意のフンワリ着地だ。
御者台の座面を跳ねあげて即席の盾にしていた御者が振り向いて、ギョッとしていた。
「き、騎士どの、何故、そのような場所に?」
勝手に騎士と思い込んでくれたようだ。利用させてもらおう。
「なに、見物だ。迷惑はかけん。賊が近寄れば守ってやる。安心しろ」
あえて尊大な物言いをしつつ、安心材料を与える。
これで文句は言われまい。
襲ってきた盗賊を機甲兵アイで観察する。
盗賊は全員が馬に乗っていた。馬は体高が150センチぐらいの筋肉質な体をしている。なかなかいい馬だ。盗賊の馬の扱いは巧みで、ジグザクに走りつつ、クロスボウを射掛けていた。クロスボウは騎乗状態でも引けるよう改良した軽い物のようだ。
というか、結構な距離がある上にクロスボウが弱く、飛んで来るボルトはヘロヘロだった。とても防具で身を固めた護衛を倒せるとは思えない。
「ん~? これ、もしかして――」
〈そうね、陽動だったみたい。すぐ近くの森から、側面攻撃よ〉
俺が後ろを振り向くのとほぼ同じタイミングで、街道の脇にあった森から、盗賊と思しき騎兵が10騎ほど飛び出してきた。
盗賊たちは全員が、重りの付いたロープを頭上で振り回していた。
そして、護衛が前方に気を取られている隙をついて、馬車の横で突っ立っている人や、荷台の上でぼんやりしているお間抜けさんに向けて放った。
盗賊の放ったロープはただのロープではなかった。
ロープの両端に重りがついたボーラという武器だった。
対象に遠心力で巻き付いて、動きを封じるというものだ。
「ルルエ!」
「え、なにこれ? ひょええええ!」
イシュの叫びと、ルルエの悲鳴が聞こえた。
そう、荷台の上でぼんやりしているお間抜けさんとは、ルルエだったのだ。
俺は慌てて元の馬車に戻るも、ルルエも盗賊たちの姿もなかった。
「すまん! ルルエが持っていかれた!」
イシュは荷台の上で、弓を振りつつ俺に叫んだ。
荷台の脇には、イシュに射貫かれたのであろう、首に矢が刺さった盗賊の死体が二つ転がっていた。
あの一瞬で、二人を射殺したのか。
弓の腕は、かなりのものだ。
俺はルルエを掻っ攫った盗賊が逃げ込んだ森を見つめる。
すぐに追いかけても、たぶん追いつけない。センサーの有効範囲が極端に落ちる深い森だ。しかも、地の利は向こうにある。
少しでも気持ちを落ち着けるために、深呼吸だ。
「コー……ホー……。ドローンを二機発射。追跡しろ」
〈了解。稼働時間は30分〉
俺の背中、肩甲骨の辺りがパカッと開き、空に向けて2センチほどの黒い玉が打ちだされた。黒い玉は10メートルほど飛んで、空中で折り紙が開くように形を変え、トンボにそっくりな姿へとなる。そして、黒いトンボは、かすかな羽音を残して盗賊が逃げた森へと飛んでいった。
「な、なんだアレは!? 虫か、虫だったか?」
イシュが目を白黒していた。
まあ、驚くよな。
しかし、目がいいな。ちゃんと形まで把握しているとは。
「俺の使い魔、ってことにしといてくれ」
「虫を使役できるのか……すごいな……」
「ルルエを攫ったクソ共を追うぞ」
内心で渦巻く憤怒を抑えつつ、俺は森へと歩みを進める。
何に苛立ってるかって?
それはもう、間抜けすぎる自分自身にだ。




