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妹がマヨネーズを手に入れた

「お兄ちゃん、何か食べ物を買いにいってきますね!」


 そう言って元気よくリリーは出かけていった。いつもながら元気の良いことだ。闇市も活発に取り引きをしているらしいが本当に危険なものは流れていないらしいので問題ない。


 今日も何かを交換して帰ってくるんだろうなとリリーに思いを馳せながら水を飲む。紅茶や緑茶やコーヒーが無性に恋しい。食事が貧相になると人格まで貧しくなるのではないかと割と本気で思っている。


 俺が三杯目の水道水に飽きて白湯に切り替えて二杯目を飲み干したあたりでリリーは帰ってきた。


「お・に・い・ちゃ・ん! 今日はレア物が手に入りましたよ!」


 その顔は自信に満ちあふれていて、自分を全く疑うことのない目をしている。たぶん本当にすごいものなのだろう。


「そうか、何が手に入ったんだ?」


「じゃっじゃーん!」


 そう言ってリリーがとりだしたのは小袋がいくつか。黄白色の液体が入っているようだ。それが何かは分からないが、食べ物のようではあるようだ。


「なんだそれ?」


 そう聞くと胸を張ってリリーは答えた。


「これが『マヨネーズ』です!」


「へー……これがそうなのか」


 俺が小袋を一つ手に取り押さえてみたり傾けてみたりする。何の変哲もない液体二しか見えないな、いや、水よりは粘度が高いか……


「反応が薄いですよ! 妹がレア物を持ってきたら兄は無条件に驚いて喜んでくれるはずなんです!」


 そんなことを言われても困る。というかコイツはいつも変わったものを交換して帰ってくるので今更そのくらいで驚かない。


「それで、マヨネーズって美味しいのか?」


「それをこれから確かめるんじゃないですか!」


 しかしマヨネーズというのは調味料だったはずだ。かけるものが無いと美味しくないんじゃないだろうか?


「とりあえず固形食料で試してみましょう!」


「えぇ……」


 あの味がしないブロックに貴重なマヨネーズをかけるのかというと少し気が進まない。できれば美味しいもので食べたいものだ。


「お兄ちゃん、せっかく手に入ったんだから美味しいものにかけようとか思ってますね? こういうのはなににかけても合うから有名になったんですよ! つまり固形食料も美味しくなるはず!」


「せめて合成肉くらいは用意しないか?」


 見た目と食感が肉なら多少は理解できるのだが……固形食料はクッキーに近いようなものだが、お菓子にマヨネーズをかけていたという話は聞いたことがない。


「細かいですよ! こういうのはチャレンジです! どうせ一ダース買ってきたんですから一袋くらい誤差ですって!」


 リリーはそう言いながらキッチンから固形食料をとりだし皿に開けて、それを半分に折った。


 その上に黄白色の液体をかけてできあがりのようだ。


 匂いを嗅いでみると酸っぱいような匂いが少し感じられた。


「じゃあお兄ちゃん! 食べましょう!」


 俺たちはマヨネーズのかかった固形食料を囓る。正直に言って微妙な味だ。素材の味を生かすような調味料なのだろうがいかんせん素材が無味無臭の固形食料では力不足だ。


「結構いけますね、味があるというのはやはりいいです!」


 リリーの方は通常の固形食料よりは美味しいという感想のようだ。それも間違ってはいないのだが、あくまで合成食料と比べての話であって、調味料として美味しいとはまた別問題だという話だろう。


 俺としてもプレーンの固形食料より美味しいのは認めるし、最低ラインのハードルは越えている。


「マヨネーズ自体の味しかしないな……」


「いいですかお兄ちゃん、旧時代にはマヨネーズを単品で吸っていた人がいるらしいですよ? それに比べれば食べ物にかけている時点で立派な食べ方だと言えるわけですね」


 謎の理論をゴリ押ししてくるリリー。マヨネーズは単品で吸うものでは決してないと思うのだが、暇を持て余した人類が何をしたかなんてことを俺が決めつけることはできない。


 世界的に普及した調味料らしいので少しくらい奇妙な食べ方をする人がいるのは無理もないことだろう。


 世界の食糧事情については知らないが、少なくとも誰かがマヨネーズをかけて食べるのに適したものを作っているのだろう、だからこそこうして調味料だけでも作られているのだ。


「お兄ちゃん、せっかくなので合成肉をこれで食べてみますか?」


「あるのか!?」


 俺は思わず食い気味に聞いてしまう。部屋の冷蔵庫にはそんなものは入っていない。


「ええ、味が分からなかったので不味かったら取り引き材料にしようと思ってたんですけど、これなら合成肉にかけても美味しそうですしね」


 というわけで俺たちは合成肉を食べることにした。焼いてもいいのだが面倒くさいのでレンジで加熱する。実のところ合成食料は全部生でも食べられるのだが温かいご飯に郷愁を感じるので、肉類は温めて食べることが多い。


 ほかほかになった肉のブロックを二人分にわけてそれぞれマヨネーズをかける。


「じゃあ食べましょうか!」


「ああ、食べよう」


 俺はマヨネーズのかかった肉塊を口に入れる。肉自体の味は無いはずなのに確かにマヨネーズをかけただけで美味しいような気がするのが不思議だ。


「お兄ちゃん! これはあたりじゃないですか?」


「ああ、本当に美味しいな」


 さすがはリリーと言ったところだろうか、美味しいものをちゃんとセットで調達してくるあたりに商人の才能を感じる。その才能を発揮できる世界ではないが、この程度の役得はあってもいいだろう。


 パクリと食べるとぐにゃりとした食感と甘酸っぱい味が混じり合ってなんとなく肉の味があるようにまで感じてくるのだから不思議だ。


 俺たちは無心になって合成肉を食べリリーの持ってきたものを全て食べてしまった。


「ふぅ……」


「いやー、美味しいですね!」


 マヨネーズの面目躍如と言ったところだろうか。美味しい食事をとることができたのは貴重な経験である。


「じゃあお兄ちゃん! ドンドン私に感謝してくれてもいいんですよ? 私ってすごいでしょう!」


「時々どうしようもないものを持ってくるのを除けば確かにすごいよ」


「お兄ちゃんってば……素直じゃないですねえ……」


 久しぶりに食事らしい食事をできて、なんだかんだと言えどリリーには感謝をしている、まともな食事バンザイということだ。


 俺は食器を片付けながら、時々はこういうことがあってもいいなと思った。

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