妹とポーカー
「ぐぬぬ……」
俺は目の前の妹に敗北していた。
話は少し前にさかのぼる。
「ククク……フルハウスです!」
「あなた、チートしてない?」
「していません! 私はいつだって公明正大ですよ!」
「じゃあもう一勝負」
「受けましょう!」
後ろでリリーがトランプゲームをネットワーク越しにやっていた。隠し回線をくだらないことに使用しているなと思ったが、俺には関係の無いことだ。
「ふぅ……勝った勝った……」
楽しげに回線を切断するリリー。どうやら勝負には勝ったようだ。別に何をかけているわけでもないだろうから気にするようなことでもないか。
俺は白湯をすすりながら、リリーの方を眺める。通信機にゲーミングモジュールを拡張している。しっかりインチキ不可能な仕様になっているやつだ。時々物好きが海賊版を作っているそうだが、そんなことをするとプレイしてくれる相手がいなくなるためほとんど誰も使っていないらしい。
「お兄ちゃんも私と勝負してみませんか?」
「何も賭けるものが無いぞ?」
「じゃあ負けた方が勝った方の言うことを聞くって事で」
「それ、俺にとって不利すぎないか?」
リリーはそれでもダダをこねる。
「手加減はちゃんとしてあげますよー……やりましょーよー……」
「しょうがないなあ……無茶は言うなよ?」
「お兄ちゃん相手に多くは期待していませんよ」
それはそれで悲しいのだが……なんにせよのってやるか。
「分かった、勝負はする……できる範囲でな……」
リリーは楽しそうにカードをシャッフルしている。それをなんとなく見ていると気がついた。
「念のため俺にもシャッフルさせろよ?」
「ももももちちちろんんんじゃないですか!?」
動揺しまくっている。さっきからトップのカードが変わっていないのに気が付いている。コイツ、物理的なカードだからってイカサマをやる気だったな……
俺はしっかりとカードを切ってリリーとポーカーを始めた。始めたのだが……
「レイズ」
「私もレイズ」
どうする? リリーの手は重いのか? 迷い無くレイズをしてきたな……
「レイズ」
「レイズ」
コイツ、一回戦目で一体どれだけ良い引きをしたんだ……降りるか……
「俺は降りる」
「よっしゃあああ!!!」
ポンと投げ出したリリーのカードはノーペアだった。
「お前、ノーペアのカードでよくそこまで強気になったな……」
「お兄ちゃんのことは分かってますからね!」
次の試合、俺はスリーカードを引いていたので二枚交換した。運良くフォーカードになったので賭けているチップ(おもちゃ)を積み増そうとした。
「降ります」
「へ!?」
「だってお兄ちゃん、手札が重そうな顔をしてますもん。負ける勝負はしませんよ」
コイツ……読心術でもあるのか? 普通に今のは勝負にのってくるシーンだろ。
「次の勝負だ」
「いいですよ」
それからも平気な顔をして、リリーは俺を翻弄していった。安い手でも俺がのったら降りてきたり、強い手だと案外上乗せ無しで勝負をしたりと勝負慣れしたリリーに勝てるはずも無かった。
「いやあ! 勝ち過ぎちゃってすいませんね! コレも私が持っているからでしょうか! いやあ自分の才能が怖いですねえ!」
イラッとしたが、俺が勝負事になれているコイツと勝負をしたのが間違いだった。
「はぁ……負けた負けた、で罰ゲームでもするのか?」
「いいえ、お兄ちゃんが私を今日一日接待して欲しいのですよ」
「接待?」
リリーが深く頷いて言う。
「お兄ちゃんには私を愛していると態度を表現する気概が足りないんですよね。もっとこう『あいしてるよー』てきなアッピールが欲しいんですよね!」
「わー、リリー、オマエヲアイシテルヨー」
「誠意が足りないですね、もっと心を込めて、私が居ないとダメなんだみたいな感じでお願いしますよ」
「その……愛してるぞ」
リリーは勝手に身悶えしていた。
「お兄ちゃんからの愛の告白。良いですねえ……はぁはぁ……」
自分が言わせているという点についてはご丁寧に無視するスタイルらしい。
「ではお兄ちゃん、コレを持って」
リリーから固形食料を手渡された。まだ食事には少し早い時間だが……
「じゃあ私が口を開けるので食べさせてくださいね?」
「分かったよ……」
俺は口を開けたリリーに固形食料を差し出す。ポリポリと囓りながら恍惚としている。
「やっぱりお兄ちゃんに食べさせてもらうと固形食料にも味があるような気がしてきますね!」
「気のせいだと思うぞ……」
合成食料に味は無い。気分的に変わるというのは理解するが無いものは無いはずだ。
そうしてブロックを俺の手元まで囓ってから俺の指ごとパクりと口にした。指先に柔らかな生暖かい感触が伝わる。
「お前、なにをやって……」
「お兄ちゃんに食べさせてもらうのですからちゃんと全部食べないといけませんからね!」
そう言って俺の指を舐め終わってから言った。コイツ、案外性癖が歪んでいるのじゃないだろうか?
「ふぅ……やっぱりお兄ちゃんは良いですねえ……」
トリップしているリリーを放っておいて俺は手を洗った。さすがに唾液まみれのままというのはしんどい。
「ねえねえお兄ちゃん、今日は一緒に寝てくれますか?」
「は!?」
「まあまあ、何かしろといっているわけじゃないですよ、ただ単に同じベッドで寝ましょうってだけです。それとも枕が変わると眠れませんか?」
「いや、お前、そういうことは言ってこなかったじゃ……」
「お兄ちゃんがなにを想像しているかは分かりませんがね、私がいっているのは言葉通りに同じベッドで寝るだけですよ? 別になにもあるわけじゃないです」
いいのか? いや、ただ隣で寝るだけなら……
「分かったよ……」
「よし! じゃあお兄ちゃん、お先にお風呂どうぞ!」
俺は一緒に入ろうなどと言い出さなかったので安心した。しかし……
「まだ外が明るいと思うんだが……」
「お兄ちゃんと一緒にいられる時間は長い方が良いですからね! お兄ちゃんの後で私も入ってそのまま寝ましょう!」
時計を見ると、現在午後四時、いくら何でも早すぎると思うのだが……
俺はシャワーを浴びて身体を流した。そして俺が出た後で入れ替わりにリリーが入り、結構な時間をかけていた。
「じゃあお兄ちゃん……一緒に寝ましょうか」
「ああ、分かったよ……」
そしてリリーの部屋で一緒にベッドに入った。全市民に配られているダブルベッドだったので二人で寝るには支障が無かった。ベッドの中で俺の手をギュッと握り『お兄ちゃん、愛してますよ』という声が聞こえた。そして俺は困惑しきって疲れていたのでそのまま意識が落ちたのだった。
翌日――
「お兄ちゃん! トランプをしましょう!」
「いやだ」
俺は実力の差を思い知らされ、強い相手からは逃げるのが一番と学んだのだった。




