太陽の沈まない日
『本日は照明のメンテナンスのため夜間も点灯しております。ご容赦ください』
そう放送が流れてきた。定期メンテがきたか……
照明のメンテナンスは寝不足の元なんだが……
「お兄ちゃん、なんでメンテナンスなのに電源を入れっぱなしなんですか?」
そう言えばメンテナンスといえば電源を切ることが多かったな。
「画像認識でメンテ対象を判別するのに明かりが必要なんだよ。真っ暗だとメンテ用機械のカメラが認識できないらしい」
「旧世代の人は微妙に面倒な仕様にしたんですね……」
「まだ人類が地上にいたころにできたシステムだからな……」
自然光で十分な仕様ではあるらしいが、地下に自然光はない。人の活動中にメンテナンスをするのは事故の元になる。そんなわけで夜間にメンテナンス機械を動かすことになっている。
機械がほとんどメンテナンスフリーになったとはいえ消耗品はある。消耗品の生産は自動でできるが交換ばかりは一時停止が必要だ。
詰まるところは……夜は部屋で寝ておけという意味だ。
「稀に良くあることだから寝るか、明日になったらメンテも明けてるだろう」
「稀なのか良くあるのか分かりませんね……」
「昔の名言だよ」
誰の言葉だったかは忘れたがな。
そうして夕方と呼ばれる時間になっても全く家の外の陽光は衰えることを見せない。部屋で寝る分には明るすぎるということもないし問題無いだろう。
コンコン
ドアがノックされた。
「なんだー?」
リリーだろう、何か用事があっただろうか?
「おにーちゃん! 夜市に行きましょう!」
よく分からないのでドアを開ける。外出用の服を着たリリーが立っていた。
「行きますよー!」
「ちょっと待ってくれ、何が何だか分からん」
俺が止めるとリリーはポンと手を叩いて言った。
「そう言えばお兄ちゃんは闇市の動向について詳しくなかったですね」
そう言って詳しい説明を始めるリリー、俺としてはもう夜の時間なので出歩きたくはないのだが……
「まず、今日は夜でも明るいですよね?」
「ああ、そう説明したろ?」
「それで今日のお昼に闇市に行ったんですよ」
話が見えないな。
「それで、何かあったのか?」
「ええ、今朝の放送で夜市をしようと決めたそうです!」
ヒマなの? 闇市やっている奴は自由すぎるだろ! いやまあ現代人なんてほとんどが暇人なんだけどさあ……
「それで、何か売り出すのか? それにしても俺は交換できるような代物はもってないんだが……」
「いいじゃないですか、私が秘蔵のチョコレートをお兄ちゃんに分けてあげますよ! 行きましょう! ね!」
俺は押しに負けて夜市に出かけることになった。夜に開く市場なんて大丈夫なのかと聞いたが『明るいので昼間より安全まであります!』と断言されてしまった。
国民服に着替えて家を出ると生ぬるい風がじんわりと吹いてくる。空調はもう少しがんばっていただきたいと思う。
そうは言っても一般人が寝ている夜間に全力で空調を回すほど機械もヒマではない。
そうして俺たちの住んでいる区画の最西部にいくと空き地の道路に大量のバザーが開かれていた。大量と言っても二十軒くらいだが、区画の総人数から考えれば十分に多いだろう。
「おう、リリーちゃんじゃないか! 今日はお兄ちゃんと一緒かね」
「リリーちゃん、お兄ちゃんと仲がよさそうで羨ましいわぁ」
そんな声を何回かかけられた。どうやらリリーはお互いを干渉しないという現代のルールをあまり守っていないらしい。リリーのせいで俺まで有名人扱いされている。
「あ! お兄ちゃん! あっちに合成食料のフライがありますよ!」
「欠片も食欲をそそられないな」
「じゃあ、あっちの射的ゲームはどうですか?」
「液晶相手にパンパン撃って楽しいのか?」
もちろん空気銃の類は規制対象だ。ただの子ども向けエアガンでも厳しく規制されている。なので射的と言っても液晶に映った景品に向けて撃つようになっている。右から流れてくる固形食料やゼリードリンクの山の映像を見てげんなりしてしまう。
「ここって合成食料しか景品がないのか?」
リリーにそう聞くとため息と共に説明し始めた。
「まあ今日決まったメンテに対応できる景品なんてそれくらいしかないですからね……」
おぉう……世知辛い話だ。
「お! あっちではミニカー掬いをやってますね!」
「普通に売ればいいんじゃないかな?」
ミニカー掬いって……普通に売らないのは夜市ならではなのだろうか? 数人が遊んでいて紙を貼ったわっかで掬っているが、もちろんミニカーの重さに耐えられず破れ落ちていた。
「明らかに無理なゲームになってるよな?」
「お兄ちゃんはお祭りを楽しむ気概に欠けていますよ! 楽しもうと思えば大抵のことは楽しめるんですよ!」
リリーの押しに負けていくつかのものを食べてみた。全部合成食料か、精々その加工品でお世辞にも美味しいとは思えなかったが、リリーは幸せそうにしていた。
「わぁ!」
リリーは綿あめに釘付けになっている。一つ買って楽しそうに食べながら夜道を歩いて行く。様々なものがあったがコレを食べているときはパートナーというより妹だなと思わせてくれた。
そうこうしているともうすでに普段は寝る時間になったのでみんな撤収を始めた。本当に嵐のように始まって、あっという間に終わっていった流れだった。
自宅に帰ると電気を消して窓の透過率を下げて、室内灯の明かりだけになって、こうしてみると普段の夜と変わらなくなる。
「いやー有意義な時間でしたね!」
「そうだな、それなりに楽しかったよ……」
悔しいことだが実際に楽しかった。リリーがいつもこんな事を楽しんでいたのかと思うと羨ましくなるくらいだ。
そうつぶやくと、リリーが俺に近づいてささやいた。
「私はそれでもお兄ちゃんと二人だけの時間も大好きですよ……?」
そうささやきかけてからイタズラっぽく笑って自室に帰っていった。俺は言葉の意味を理解しかねて深く考えるのをやめ、深夜テンションでちょっとおかしくなったのだろうと思い、俺も寝ることにした。
その日は深夜に寝ていつも通り起きたので、夜が短く感じ、睡眠時間の大切さがよく分かったのだった。




