妹はオーディオで財テクをするようです
チョキチョキ……ザクザク……
気になる音がさっきからリリーの部屋から聞こえてくる。何か分厚い者を切るような音だ。紙だろうか? それにしては音が大きい。あるいは布なら裁断にそのくらいの音がするかも知れない、しかしもちろん服などというものは機械が作るので原材料もない時代に個人で服を作ろうなどという人は居ない。
なんだろうと思いつつリリーの部屋の前まで来てみる。音は止んで、ごうと空調の音だけが鳴っている。そんなことを考えているとドアが開いた。
「うわっ!? お兄ちゃんですか……ふっふっふ、お兄ちゃんは私のことが気になってしょうがないんですか?」
「お前にと言うより、さっきまでなってた音がな……」
「ああ、あれは私の商材を作っていた音ですね」
「商材?」
ということはハンドメイドの何かだろうか? しかし機械でほとんど全ての者が作れる時代に手作りになにを求めるのだろう?
「それで、一体何作ってたんだ?」
妹は部屋に入ってガサガサと音を立て戻ってきた。
「てっててー! 制震パッド!」
妙な擬音を口にしながらゴムのシートらしき者を四枚とりだした。俺は一体なにを見せられているんだ? どこからどう見ても普通の黒いゴム板で、小さいものが四つ、使い道がさっぱり分からない。
「ええっと……どこからどう見てもタダのゴムシートじゃないか?」
「甘いですねお兄ちゃん! コレをスピーカーの下に敷くことによってスピーカー自身の振動を吸収することにより音質が良くなるのです!」
「そんなにすごいものだったのか?」
「まあ九割九分セールストークですね、コイツはタダのゴム板です」
「は?」
なにを言ってるんだ? さっぱり分からない。
「最近運営が配信している音楽が増えましてね……音楽を聴く方にも闇市以外の方法ができたんですよ」
「そうなのか、でもスピーカーからの音質なんてゴム版でそこまで変わるか?」
リリーは分かってませんねという顔をする。
「お兄ちゃん、それが実際にどうであるかは些細な問題なのですよ、重要なのはそう思える品物であるということなのです!」
「つまり騙してるって事じゃないか!」
リリーが俺の口に手をあてる。
「声が大きいですよ! いいですか、音楽なんてどの音が良いかなんてものは人それぞれなんですよ? なんならスピーカーを一センチずらしただけでも音質が違うって思う人もいるんですよ? つまりは買った人が変わったと思えば変わってるんですよ!」
酷い詭弁を聞いた。しかし現実問題として現在では音楽の生演奏はほとんど不可能だ。コンピュータで作った音楽か、旧世代の残してくれたメディアを使用するしかない。つまり原音を知っている人などまずいないと言うことだ。
ということになると購入者が『変わったぞ!』と思えばなんだって良いのだ。なんなら部屋に置いておくと音質の良くなる石でもいいわけだ。人間の感覚という曖昧な分野に特化した商売だろう。
「で、それを売るのか?」
「もっちろん! これで食事が豪華になってお洒落を楽しむこともできるんですよ! やらないはずがないでしょう!」
清々しいほどにゲスい、そんな行為が許されるのだろうか? 闇市という時点でルール違反だという点に目を瞑ってもあまり褒められた行為ではないような気がする。
意気揚々とリリーは家を出て行った、もちろんただのゴム板を真っ黒な袋に小分けして入れてだ。
褒められたことではない、確かにそうなのだがリリーのやったことが悪いと認識されるのだろうか? そもそもそういう商売が無い場所に新しいビジネスを作る。それを責めていいのだろうか?
実際に変わることはまず無いだろうなとは分かる。俺がいくら無能でもそんなことで音質が劇的に変わるはずが無い。しかしリリーは自信満々だった、勝算があるということだろう。
俺はリリーがつるし上げられないよう祈りながら家で待った。たまには一切売れない商品があってもしょうがないだろうくらいには思っている。猿も木から落ちると言うことわざがあったらしい、今ではサルなどほぼ存在しない生き物ではあるのだが。
しばらく経ってリリーは帰ってきた、手には箱を持っている、売れたのだろうか?
「お帰り、その様子だと売れたのか?」
「そうです! 結構いいトレードができましたよ! さすが私! 商才がありますねえ!」
ドンと箱をテーブルに置いて開く。
「そしてこれがその成果のみかんです!」
手に持っているやや大ぶりな箱がオレンジ色で埋まっている。ゴム板とのレートとしては明らかに釣り合わないものだ。
「お前って商売の才能すげーな……」
俺は呆れ半分でそう言った。ただのゴム板が解説を付けただけで高値で売れる。しかもそれに効果があるかどうかは誰が判断できるわけでもない。人の心理を突いた商売だ。
「細かいことは追い追い話すのでとりあえずみかんを食べましょう! そんなに日持ちしませんからね!」
そんなわけで俺たちはみかんをむきながら話し合った。
「そんなにトレードの相手がいたのか?」
「ええ、宣伝文を隠しネットワークに匿名で流しておいてのこれですからね、下準備さえちゃんとしていれば商材なんて大した問題ではないのですよ!」
そう断言してから一言付け加えた。
「ネズミ講は別ですがね……」
「ところで効果が無いって言われたらどうするんだ?」
俺が疑問を呈した。だって実際に効果があるかないかの判断が付かないわけは無いだろう、一人が効き目が無いといいだしたらもう信用されないだろう。
「匿名取り引きですからね、買った人にこちらの情報は行きませんし、それにこの商材は今日一日で終わらせるつもりでしたからね。いつまでもできるような商売じゃないですよ」
「その辺は自覚してるんだな……」
「まあ評価が出たら同じ売り方はできませんけど、こんな時代でも人は超常的なものを信じたいんですよ。たとえそれが嘘であるのが明らかでも、ね」
翌日、リリーが自分の判断が間違っていたと悔しがっていた。
「返品でもされたのか?」
まあ商品が商品なので返品されてもしょうがないとは思う。
「違います……オーディオグッズが私の後から大量に売られてるんです……」
「え……あんなものがそんなに売れたの?」
「どうやら人間はオカルトから離れられないらしいですね……」
珍しくリリーが商売に失敗したと落ち込んでいるのを見た。俺はみかんを一個差し出して『食べて忘れろ』と言っておいた。




