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妹のプレゼント

「えっへっへー! お兄ちゃん! 私は今お兄ちゃんに渡したいものがあるんですよー」


 また何か思いついたのだろうか?


「実はですね……闇市のバザーを歩いていたら良いものを見つけたんです!」


 そう言って俺に箱を指しだしてくる。大きさから言って洋服の類だろうか?


 それにしては横に長めなのが気になる。ズボンだろうか? それにしては箱が小さい気がするのだが……


「さあさあ! 開けちゃってください!」


「ああ、わかった」


 俺が箱を開けるとそこにはニットで編まれたマフラーがあった、しかも何故かかなりの長さをしている」


「マフラー……だよな?」


「そうです! ()()()()マフラーです!」


 二人用?


「マフラーは一人でつけるものだろう? というか二人で一緒に着る洋服の類はほとんど無いはずだが……」


「まあまあ、お兄ちゃんはそれの端の方を自分に巻いてもらえますか?」


 ?


 よく分からないが自分の首にマフラーを巻く。かなりモコモコになったがそれでもまだ長さは余っている。


「そこで私がこうするわけですね!」


 そう言ってもう一方を自分の首に巻いていった。なるほど二人用か。


「よくこんなものを見つけたな……」


 マフラーが防寒着だということは知っているが、人類が機構を制御して幾年月、防寒などをする必要が無くなってからかなりの時間が経つ。それだけの世代を生き残った防寒着ということになる。


「フフフ……私のリサーチ能力を侮ってもらっては困りますね! こういう商品はいち早くゲットしているんですよ!」


「食べ物だけじゃないんだな……」


「お兄ちゃんは私が食い意地が張っているように見えたのですか……」


「いや、普通に歴史的な物を買ってきたことに驚いているだけだよ」


「歴史的?」


 リリーがキョトンという顔をする。


「これはまだ気候操作技術が未熟だった時代の防寒着だろ? かなりの年代物になるんじゃないか?」


「え、そうなんですか?」


 え、ってなんだよ……


「じゃあお前はこれがなんだと思って買ったんだ?」


「お兄ちゃんとイチャラブできる道具です!」


 これを編んだ人は寒さに耐えるために編んだんじゃないかなと思うぞ……全く使わず放置されているよりは使った方が編んだ人も報われるのかも知れないがな。


 そしてリリーはマフラーをいったん外し、空調の設定をいじってからソファに戻ってきて再びマフラーを巻いた。


 少しして、冷風が室内に吹き出してきた。


「お前……空調の温度下げたろ?」


 ペロと舌を出して謝るリリー。


「ごめんね! ついついこういう『寒い場所で一つのマフラーを共有する』ってものをやりたかったから」


 欲望に忠実な妹だった。わざわざ寒くする必要性があるのか? 寒さを防ぐための防寒着を使うために部屋を寒くするのは本末転倒ではないだろうか?


「ささ、お兄ちゃん、もっとくっついてください!」


 ソファに身を寄せ合う俺とリリー、これが自作自演でなければドキドキした演出なのかも知れないが、この時代にこんな事をさせられているのかと思うと複雑な気分だ。


「ねえお兄ちゃん?」


「なんだ?」


「お願いがあるんですけど……」


 妙にしおらしい頼み方をしてくるので調子が狂う。


「私の手、握っててもらえますか?」


「そんなことか」


 俺はギュッとリリーの手を握る。兄の手と妹の手なのでやはり俺の手の方が大きく包み込む形になる。


「こんな事でよければいつでもやるがな、空調を無闇にいじるのはやめような?」


「そうですね、お兄ちゃんなら室温でもマフラーくらい巻いてくれますよね!」


 手だけでなくマフラーも一緒に巻きたいらしい。構わないがそんなことをする必要性は理解できなかった。それでも人との関わりを持ちたいという気持ちは分かるので俺は無言で頷いた。


「ねえお兄ちゃん、私はお兄ちゃんにふさわしい妹ですか?」


「そうだな……ふさわしくないかもな」


「え……」


「俺はお前ほど立派な生活はできない。ダメ人間がお前に引っ張り上げられてるってだけだからな。だからお前は俺よりずっと立派だし、そう言う意味ではふさわしくないだろうな」


 リリーは目尻に涙を溜めながら答えてきた。


「大丈夫ですよ……お兄ちゃんは……世界一の私のお兄ちゃんですから!」


「それはどうもありがとう」


 自分のダメなところもはっきり理解しているので、お世辞か本音かは分からない、しかしその言葉は俺にはもったいないような気がした。


 俺はたった一人でいた中に、リリーという異物が入り込んだおかげで低空飛行をしていた生活が乱気流に巻き込まれたように上下し始めた。それは決して気分が悪いものではない。刺激は楽しい人生にとって必要な物だ。


 現代をただ生きてただ死ぬだけなら誰にだってできる。そこに彩りや温度、でこぼこ道や舗装された道、そんな物の上を歩いていくのは普通の人にはできない。そう言う意味でリリーは俺にとってかけがえのない人だった。


 それらを全部伝えるのは大変なので、俺は隣にいるリリーの肩を抱き寄せ、指を絡ませて手を繋いだ。


「今はこれで十分、それでいいだろ?」


「お兄ちゃんはもうちょっと欲しがるべきだと思いますけどね……それでも私はそんなお兄ちゃんが好きですよ!」


 その日はなんだか空調を戻してからも身体が芯から温まっているような感覚を覚え、なんとも心地よい日になったのだった。

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