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美味しいコーヒーを飲むために

 俺はカフェインが欲しかった、苦くて少し酸っぱい液体を飲みたかった。しかしそれはこの現代においては叶わないことだ。


「お兄ちゃん、朝からだらしないですよ!」


 リリーのお説教もどこか遠くの方から聞こえるような気がする。


「お兄ちゃん? 聞いてますか?」


「ああ、聞いてる聞いてる」


「お兄ちゃん、一体どうしたんですか?」


「いや、コーヒーが飲みたくてな……眠いんだよ」


 そう絞り出すように言ったのだがリリーは気にする様子もなく俺に文句を言う。


「いいですか、カフェインが欲しいなら素直に自動販売機に行けばいいじゃないですか? 健康に害のない範囲でカフェインの錠剤が買えますよ?


 違うんだよなあ……


「カフェインはあくまでついでに取るものであってコーヒーが飲みたいんだよ……」


 俺の本音はイマイチリリーに伝わっていないらしい。『なにを言ってるんだコイツは』みたいな顔をしていた。


「お兄ちゃんはワガママですね……コーヒーなんて苦いだけで味は微妙でしょうに」


 ソレは聞き捨てならない言葉だ。


「お前なあ、コーヒー好きを敵に回すぞ?」


「私にはお兄ちゃんがいればいいのです!」


 堂々とそう宣言する妹に俺はどうしたものかなと思って、期待するのも悪いかなと考えた。


「じゃあ眠いんでちょっと寝るよ、その内起きるから寝かせてくれ」


「しょうがない人ですねえ……」


 そうして俺は部屋に戻った。朝がもう少し暑かったり寒かったりすれば多少は目が覚めるのだろうが、いかんせん空調は完璧に調整されている。


 ウトウトしているうちについつい眠ってしまったようだ。眠気というのは抗いがたい物だ、目が覚めたときには正午になっていた。


 なんとなく香ばしい匂いが漂ってきている。気のせいでなければこの香りは……


 キッチンに急ぐとリリーがコーヒーを淹れていた。


「お兄ちゃん、お早い朝ですね?」


「いや、そんなことよりソレ……」


 どこからどう見てもコーヒーマグとそれに置かれているドリッパーだ。


「ふっふっふ……お兄ちゃんでも満足のいく飲み物ですよ? 嬉しいでしょう? 欲しいでしょう?」


「ああ、ものすごく欲しい」


 コーヒーを見せられると我慢できるはずがない。あの苦味がどうしようもなく恋しかった。


「しかし、どうやって手に入れたんだ?」


「まあコーヒーって割と出回ってますからね。トレードのレートもそんなに高くないですし、気にせず飲んじゃってください!」


 俺は少し感心してしまった。コイツは商売の才能だけは確かに有るようだ。俺にはできない、一体どこから資産が出ているのだろうか? それについて聞くのはなんだか憚られて黙っていた。


「いい香りだな……」


「でしょう! 紅茶もついでに買っているので今度お茶会もしましょうね!」


 お茶会、何とよい響きだろうか! 味気ない食事の中に華やかな香りのするお茶が入っただけで大違いだ。


 そんなことを考えているうちにドリップが終わったようだ。


「ではお兄ちゃん、飲みましょうか!」


「ああ、飲もう!」


 二つのマグカップを一緒に手に取り一口すする。苦味が口中を刺激し、温かな液体が身体の中に入ってくる。心地よい味が口の中に残った。


「美味いな……」


 それ以上の言葉が出てこなかった。語彙が貧困になるほどそれは美味しかった。


「ふふふ……」


「なんだよ?」


 こちらに意味ありげな視線を向けてくるリリーが気になる。


「いえいえ、お兄ちゃんが順調に私に依存していってくれてるなって思いまして」


「お前は民営の思想矯正官か何かか?」


 というか俺が依存したことで何のメリットがあるのやら……知ったことではないな……


「私はお兄ちゃんに頼られたいだけですよ」


 リリーの心はさっぱり読めない、しかし嫌われているわけでもないようなので構わないだろう。


 そうしてコーヒーが減ってきたところでリリーに聞いてみた。


「お前コーヒー砂糖無しでいけるんだっけ?」


「お兄ちゃんの好みに合わせるのが好きなんですよ」


 そんなことを言うリリーだが、依存しているのはリリーのほうではないかと思えてくる。


「そういうことをするお前も嫌いじゃないがな……」


 リリーは微笑みながら言葉を紡ぐ。


「お兄ちゃんが私を好きって言ってくれるだけで私は十分に満足なんですよ! ついでにいうならお兄ちゃんがもっと私にグイグイ押してきてもいいと思うんですよ!」


「それはどうも、俺はあんまりプレッシャーをかけるのが好きじゃないんだよ」


 押しが弱いのは悪いことではないと思う。同調圧力だってかけたくないし、誰かに何かを強制するようなことは好きじゃない。人は自由意志において生きる物だというのが俺の考えだ。


「ぷはぁ……久しぶりにコーヒーもいいですね! ところでお兄ちゃん、コーヒーのお礼をしようとか思いませんか?」


「そっちが本題か……もう飲んじゃったし大抵のことはいいよ」


 リリーが喜んで楽しそうに俺に要求を伝える。


 そして……


「なあリリー……」


「なんですか?」


「何故膝枕なんだ?」


 リリーは俺に膝枕をして欲しいといった。減るもんじゃないし別にいいのだが、この微妙なスキンシップを図る意味がわからなかった。


「私はお兄ちゃんのことが好きですからね!」


「それは理由になってるのか?」


「私には十分すぎる理由ですよ」


 そう言って気持ちよさそうに俺の膝の上に乗っている顔を眺める。心底満足しているような顔をしているので俺はきっとそれでいいのだろうと思った。


 そして何分経っただろうか? 足がピリピリしびれてきた。


「なあリリー、ちょっと足のほうが限界なんだが……」


「しょうがないですね……お兄ちゃんはもっと膝枕の練習をしておいてくださいね?」


「膝枕の練習ってなんだよ」


 とりあえずリリーが満足したようなので良しとしよう。


「じゃあお兄ちゃん、交代です」


「え!?」


「次は私が膝枕をすると言っているんですよ?」


「いや、俺はお前に借りがあるがお前はなんにも貸し借りが無いだろ?」


「そういう打算的な話ではなく、お兄ちゃんが好きと言うだけですよ、それが何か悪いことでしょうか?」


「いや、悪くはないけどな……」


「じゃあお兄ちゃん! ここに頭を乗せてください!」


 起き上がったリリーが太股をたたいてそこに頭を置けと言ってくる。俺は柔らかな膝に頭を乗せる。あ……これ気持ちいいやつだ……


 コーヒーを飲んでいたというのにあっという間に寝落ちしてしまった。


 目が覚めるとリリーの顔が目の前にあった。


「うわ!?」


「おっと、目が覚めちゃいましたか……」


「お前なあ……膝枕をやめても良かったんだぞ?」


 時計の長針が一回りしている。


 コイツが動いた形跡が一切無いのでずっと膝枕の姿勢をしていたようだ。足にきそうな物だが平気な顔をしている。


「相手がお兄ちゃんだからできることですね!」


 愛情が非常に重かった。しかしその日はリリーの機嫌が良かったので、それでいいだろうと思った。


 その後、時々膝枕をせがまれるようになったのだがそれはまた別の話……


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