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終末の音楽

 その日、スピーカーからその放送があった。


『旧世代の記録メディアの発掘に成功した記念にそれらに記録されていたクラシック音楽を本日は流します』


「お兄ちゃん、クラシック音楽ってどんなジャンルでしたっけ? 音楽なんて滅多に聴かないんですけど」


「大戦前の音楽全てだな、昔はもっと古い物だったらしいが今の基準だとそうなってる」


 音楽などと言う高尚な趣味を持っている人がいなくなって早幾年月、ジャンルなど気にする人もいないし、ミュージシャンを趣味以外でやっている人などいない。


「しかし、音楽ですか……また道徳の教科書みたいな歌詞なんですかね?」


「クラシックはそんなことないぞ、割と勇ましい歌とかもあるしな……まあ……」


「なんですか?」


「そういうのは流さないだろうなと思うよ」


「つまんないですねえ……」


 そういうものだ……時代のせいだろう、現代には昔の音楽は過激すぎる。


「まあせっかくだから音楽を聴こうか」


 そうしてスピーカーのラインを公式放送に合わせる。音楽がなるものとばかり思っていたのだが……


『ピー……は……ピー……を……ピー……』


「なんですかコレ? 昔の人はブザーの音で歌を作ってたんですか?」


 リリーの言うこともよく分かる。意味の通じる単語が出てこない、ところどころ人の声も聞こえる物の、約八割近くがビープ音で占められている。


『ピー……ピー……ピー……』


 いよいよビープ音しか鳴らなくなった。一体なにを言っているのか分からない。


『旧世代の名曲『空は蒼かった』を流しました。なお一部歌詞が不適切と判断し流すのを中止しました』


 ほとんど全部不適切なんじゃねえか! 逆に原曲が気になるぞ!


「お兄ちゃん、一体なにを歌おうとしたんですかねえ……ほとんど不適切じゃないですか」


「まあ旧時代の曲だと割とよくあるんだよなあ……」


 何しろ軍歌なんていう今じゃ絶対に無理なジャンルがあった時代だ、多少の不適切なワードが入っていても不思議はない。


 それから数曲が流れたが、昔の人はブザーで作曲していたんじゃないかと信じたくなるほど歌詞がピー音で伏せられていた。運営も無理して発表などしなければいいと思うのだが、まあ見栄とか体面とか、いろいろな事情があるのだろう。


 それからしばらくビープ音が延々と流れてキャスターの『ご清聴いただきありがとうございました』で締められた。曲が全然分かんないぞという俺たちの心の声は絶対に届くことがない。呆れながらスピーカーをオフにするとリリーが尋ねてきた。


「お兄ちゃん、クラシック音楽を聞いたことはありますか?」


「無いよ、いつの時代の曲だと思ってるんだよ……」


 旧世代の音楽なんてほとんど全部散逸してしまっているというのに聞けるわけ無いだろ。まあ闇市で流れているともっぱらの噂だが……


「ふーん……お兄ちゃんも聞いてみたいですよね? 原曲」


「いや、別に」


 そう言ってその日は終わった。翌日、早朝からリリーは家を出て行っていた、もうこの時点で嫌な予感しかしないのだがどうにでもなってしまえという気分になっている。


 お昼頃になってリリーは帰ってきた。手には小さな袋をいくつか抱えている。


「なんだそれ……? といいたいところだけど、どうせ音楽だろう?」


 リリーは胸を張って答える。


「そう! クラシック音楽です!」


 ドヤ顔でご禁制の品を持って帰ったことを自慢するリリー、そんな物騒な物を持って帰ってきて思想矯正施設に入れられたらどうする気だ……


「さて、とりあえず家の回線を遮断しておきましょうか、監視されると面倒ですからね」


 そう言ってリリーは手早く家庭内のアクセスポイントを無効化してケーブルを引っこ抜く。これ自体は違法ではないが、『怪しいことをやってます』と宣言するような物だと思うのだが……


 慣れた手つきで手早く行うあたり、やはりコイツは監視対策に慣れているなと思った。


「では聞きましょうか!」


 そう言ってデータの入っているメモリをスピーカーに接続する。ノリのいい音楽が流れてくる。


 結論としてはそりゃ運営も規制するなというNGワードが山ほど入っていた。妹のチョイスが偏っていたにせよ、『戦え』だとか『勝ち取れ』だとか、やたらと競争をあおる曲が多いのでこの辺をまとめてビープ音に置き換えて流したんだろうなと予想が付いた。


 その次には違法な方面のドラッグを礼賛する曲だった。こんなものが普通に流れてたって旧世代は国民が全てスラム生活をしていたのだろうか?


 リリーはそれにノって楽しそうにしている、コイツは根っからの自由主義者だ、さぞや現代では生きづらいのだろうと思う。


「お兄ちゃん、昔の曲っていいですね!」


 なんともコメントに困る質問をしてくるリリー、俺はどう答えたものか考える。


「昔はいろいろな曲があったんだな……」


「そうですね! 私も知らない曲ばかりですよ! なんでこんなに素晴らしい文化を消してしまうんでしょう……」


 素晴らしい? 素晴らしいか……? 素晴らしいのかも……?


 なんだか俺も自分の考えが正しいのか分からなくなってきた。


「なあリリー、頼むから人にこういう曲を勧めるのはやめておけよ?」


 リリーは少し考えているようだ。


「いいものを紹介して悪いんですかね?」


「誰もが同じ価値観じゃないって話だよ」


 しかもこのデータは自由にコピーができるときている、放流したら運営が血眼になって出所を探し出しそうな気がする。幸い著作権という概念がほとんど意味をなさなくなっているのでそこで責任を問われることはないだろうが、むしろ危険思想主義者としてマークされるデメリットのほうが多い。


「お兄ちゃん! この曲好きです!」


 リリーが聞いているのは勇ましい軍歌だった。どう考えてもアウトだろうその曲を、いくらコピーが自由だからといってこの時代に所持している人がいるという事実に驚いてしまう。


「リリー、そろそろ回線を復旧しないとダウンタイムが長いと言われる」


 運営もその辺は家庭内で済ませる分にはある程度寛容だが、回線を切断している時間に応じて管理をしている。あまりに多いと配給時に質問をされたりするので注意だ。


「しょうがないですね、まあいい曲を聴けたので良しとしましょう!」


 こうして無事? 音楽鑑賞をした俺たちはその日を終えたのだが、夜になって寝ようというときに隣からさっきまで聞いていた曲の鼻歌が延々と流れてうんざりしたのだった。


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