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豪遊が出来る

「おにーちゃん! 私は今とても気分がいいのです!」


「そうか……」


 リリーは突然そんなことを言ってくるので俺は適当に流した。相手をしていてはキリがない。コイツはいつだってどうでもいいようなことを大仰に言い出す。


「反応薄いですね! でもこれを見たらそんな呑気なことは言えませんよ!」


 そう言ってリリーは後ろ手に持った袋を差し出した。


「これが驚くようなものか?」


「そうですよ! 見てからビックリしないでくださいよ?」


「お前は驚かせたいのか驚かせたくないのか分からんな……」


 俺は呆れながら袋を覗く、中には白いパックが入っていた。


「開けていいのか?」


「どうぞどうぞ」


 それを開けると中にはピンク色に近い赤色をした……肉らしきものがあった。


 ビニールに包まれたそれをつついてみる。冷たい温度と柔らかな感触が伝わってくる。


「まさか……本物の肉か!?」


「ふっふっふ……そのとーり! 私はこの前稼いだお金で生物保存所からの卸品をゲットしてきました!」


 マジか……この時代に正気の沙汰とは思えないようなクソ高い肉を買ってきたのか、合成品だったら割と買えるが、まさか本物を持ってくるとは思わなかった。


 肉なんて児童院で食べてから久しいものだ。普通は口に入るような生産はされていないはず。本人の言を信用するなら、現在人間のための家畜を育てている施設からの品のようだ。


 人間以外必要無いというスタンスの世界の運営だが、それでも人間が必要とする動物は積極的に保存されている。ちゃんと合成食料の飼料を使って飼い慣らされているという話を聞いた。人間のエゴの塊のような計画で反吐が出るような話だが、そのおこぼれに預かった俺がそれについて文句を付けることは出来ないだろう。


「言葉が出ないほどすごいな……肉なんて何年ぶりに見たかな」


「しかーも! それだけではないのです!」


 そう言ってもう一袋を俺に差し出す。


「どうぞ見てください!」


 中を覗くと白にやや茶色の混じった粉が入っていた。なんとなくそれを見ていると鼻がヒクヒクと刺激を感じる。


「なんだこれ? ヤバい粉じゃないのか!?」


「ヤバいとは何かによりますけど、医学的にヤバい粉はどうやっても手に入りませんからね?」


「そ、そうだよな……さすがにそういうものじゃないよな」


 驚いた、よく嗅いでみるとこれは胡椒の香りだ。一体いつ最後に嗅いだかも忘れてしまったが、それには信じがたいことに香辛料が入っているようだ。


「なあ、これはなんなんだ?」


「なんと! 唐揚げ粉です!」


「唐揚げ……?」


 リリーは分かっていないのかという顔をする。


「これを肉にまぶして揚げるんですよ! 美味しいらしいですよ?」


「油は……確かに合成油でどうにかなるし……でも、そんな豪華なものを食べていいのか?」


 今の人類にはおよそ許されないであろう贅沢だった。合成品がある油はともかく、揚げ物に使われることの多い小麦粉、そして味付けのためのスパイス、それらをまとめて一つの料理にするなど現在においては犯罪的と言ってもいい。


「私を信用して欲しいですね、ちゃんと資産運用してますから余裕のある物資と交換したんですよ?」


「そうなのか!? いや、確かにこの前の運営のミスは酷かったけどさ……マジでそんなことができたのか?」


 リリーはなんてもないことのように言いのける。


「ふっ……おかげさまで大分稼がせていただきましたよ」


 マジかよ……


「じゃあ、食べるか……俺は責任持てないからできればお前に料理して欲しいんだが……」


「任せてください!」


 正直、俺には本物の肉の調理など難易度が高すぎる。合成肉のように手荒な調理法でもちゃんと食べられる物ができるとは限らない。そんな重圧を背負ってデリケートなものを料理するほど俺に度胸は無い。


「頼む……」


 俺の言葉を聞いてリリーは楽しげに合成油を鍋に注ぎだした。さすがに天然油は手に入らなかったようだ。無理もないだろう、油を取れる植物はあまりにも少ない、動物から油を取るような豪勢な真似は決して許されない。


 妹はボウルに肉を出して粉を振りかけて揉み込んでいる柔らかそうな肉をこねているのをを見ると『本物の肉なんだなあ』などと思えてくる。合成肉ならグニャグニャとあまり心地の良い感触ではないからな。


 しばし揉み込んでから手を洗ってソレを冷蔵庫に入れた。


「揚げないのか?」


「揉み込んで寝かせるのがコツなんですよ!」


「へぇ……意外と奥が深いんだな」


 料理など滅多にすることが無いので基準が分からない、なんなら生で食べても問題無い合成肉とはやはり違うのだろう。手間をかけるということから合成肉が流行ったと昔の話を聞いたことがある。結局天然物とは味が全然違うので合成肉は戦後まで注目されていなかった。


 俺の前に座ってリリーが話しかけてくる。


「ねえお兄ちゃん、私に少しくらい感謝してくれますかね?」


「ああ、すごいよホントに。今時肉が手に入るとは思えなかった」


「でしょう! 私はできる妹ですからね!」


「ところでアレは何分くらい寝かせておくんだ」


「そう言えば聞いてないですね、十分もやれば良いんじゃないですか」


「聞いてないのかよ!」


「まあまあ、基本的に即揚げても問題無いものらしいですし気にしすぎですって」


「そうか、まあ信用してるよ」


 リリーはクスクス笑ってから水を飲んだ。


「できれば烏龍茶も用意しておきたかったんですがね……」


「うーろんちゃ? お茶の種類か?」


「ええ、油物にはつきものだって聞きましたよ。まあ貴重品なのでしょうがないですね」


「そういうものなのか」


「ああ、よく考えたら烏龍茶は油の吸収を抑えるって話ですけど、よくよく考えたら天然油の話でしたね。そう言えば合成油は脂肪にならなかったはずですね」


「じゃあ要らないのか?」


「そうですね、気分の問題になりますからね……さて、そろそろいいでしょうか」


 そう言って冷蔵庫から肉を取りだし、鍋になみなみと入った油に肉をいれ、ヒーターをオンにした。


「ふっふーん……ふっふふーん」


 陽気な鼻歌が聞こえてくる。どうやら問題ないようだ。


 リリーが油に粉の付いた肉をいれたときに俺は衝撃を受けた。


「すごい……美味しそうなにおいがする!」


 リリーは自慢げに俺に声をかけてきた。


「美味しい料理というのは作ってるときから美味しいって分かるんですよ!」


 確かに唐揚げというものには期待ができそうだ。


 しばらくジュウジュウという音がしてから、鍋から肉を取り出す。黄金色の肉塊は見ただけでも食欲をそそられた。


 コトリと俺たちのテーブルに肉の入った皿を置いて言った。


「では食べましょう!」


 俺は肉を恐る恐る口に入れる。肉から液体が溢れて口がうまみ成分で満たされる。


「はふっ……美味しい」


「でしょう! 私のことを評価してくれてもいいんですよ?」


 そう言いながらリリーも肉を一つ口に入れて幸せそうな顔をしている。


「うーん……美味しい! さすが私!」


 それからはあっという間だった。皿から一個ずつ肉が減っていき、割と早く全てが胃に収まった。


「美味しかった……ありがとな」


「ふふふ……お兄ちゃんも私にデレてもいいんですよ?」


 そうして食事は無事終わった。次はいつ食べられるか分からない料理を食べることができたことに俺は少し感動してリリーがすごいやつなんだと思い直したのだった。

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