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運営のメシが不味くてつらい

「うぅ……メシが不味い」


「お兄ちゃん、しつこいですよ?」


 このやりとりをここ数日で何度かしている。原因は運営の固形食料生産ラインにおける保守だ。


 放送によると『生産ラインが保守を指示したので固形食料の生産ラインは保守機械の使用のため一時的に停止します。今回の配給では固形食料の代わりにゼリードリンクを配給します。ご容赦ください』とのことだった。


 正直言ってこの程度大したことはないと思っていた。生産停止は保守のためだし、保守も人間が必要な物ではないと言っていた、前時代の機械は後世を見据えて機械による自己保守が可能になっている。だから一時的な保守くらいいいだろうと思っていた。


「もうちょっと腹にたまるものは無いかなあ……」


「今は皆さんそう考えてて、闇市でも食品がやたら値上がりしてるんですよ、我慢してください」


 そう、自宅の固形食料のストックは無くなり、ゼリードリンク飲みの生活が始まったのだ。


 このくらい問題無いと思っていたのだが栄養的に問題無くても、無味無臭のゼリーを飲み込むだけというのは、空腹感というか、満たされない感じというか、とにかく満足できない。


 肉とまでは言わないがパン程度でいいので欲しかった。しかしリリー曰く『パン一枚がインフレで前世代の機械と交換が出来るくらいになった』そうだ。


 ちなみに前世代の機械は壊れること無く動き、エネルギー面でも問題は無い。そんな強いアイテムがただのパン一枚にすらおよばない、なんとも世知辛い話だった。


「ちなみに固形食料が少し残っていたのですが高騰したので同等のゼリードリンクプラスアルファと交換しました」


「お前最悪だな……」


 ひどい……こんな時にそういうことをやるのは人としてどうかと思うぞ……


「まあまあ、どうせすぐにラインも動くわけで、ここはちょっとでも稼げそうな方に賭けるのが人として正しいあり方ってわけですよ。この前のミカンだって投機で稼いだものと交換したんですよ?」


 投機、人間が欲望に駆られてその手のことに手を出し破滅する人多数出たので禁止されて久しい。全て国家公務員で構成され、私有物をほとんど公式に認めていない今からすれば信じがたい概念だ。そんなものに手を出している妹だが、この時代においては衣食住は何があっても保証されているので問題無いということなのだろう、心情的な問題はさておくとして、だが。


「お兄ちゃんは今日のご飯にこだわりすぎですよ! 今日の一個より明後日の十個の方が絶対に得でしょう?」


「俺はお前がギャンブルにはまらないか心配だよ……」


 この手合いはギャンブルで破滅するとして、悪であると教えられている。教育が全てだとは言わないがそれなりに信頼性はある。


 そもそもギャンブル自体違法ではあるけれど、それを禁止する法律があっても強制力が無いのでどうしようもない。警察力が無いと言うことはそれだけ深刻だったりする。


 それが問題にならないのはひとえに賭けるものが無いからだろう。お金でも物でも旧世代の人は何でも賭けの対象にしていた。今では食料ですらも対等に釣り合うものを用意するのが至難の業なのでギャンブルは成立しない。


 それの抜け道として投機的な取り引きが成立しているものの、あまり繁盛していないのは安心していいことなのだろうか……


「一応聞くが生活に必要な食料にまでは手を出していないんだよな?」


 そこは越えてはいけない一線だろう。生活費に手を出してはいけない、当然だな。


「ちょいちょい固形食料は出してますけどちゃんとその分同じ量のゼリードリンクと交換しているって言ったじゃないですか、栄養的にはノーカンですよ!」


「お前にブレーキというものは付いていないのか?」


「セーフティとしてゼリードリンクを貰ってるじゃないですか?」


 何を言ってるんだお前みたいな顔で俺の方を見ているリリー。いやお前自分は何もしていないみたいな面を何故平気で出来るのか……


 いや、確かにこれでも生活は出来る程度に栄養はちゃんと取れるけどさあ……生き物として人口の有機物のみで生活するのって辛くね?


 分かってはいる。運営に近い公務員の皆さんは闇市に行けないのでもっとひどい食生活だと聞いた、だから俺たちはまだマシではある、あるのだが……


「まともな食事がしたいな……」


「まあラインの停止も一週間くらいだそうですしそんなに気落ちしなくても良いじゃないですか! すぐに私の資産が増えていくのでそれを楽しみにしていてくださいよ!」


 良い笑顔で言う妹に、俺はコイツに食生活や家計を任せているのはマズいんじゃないだろうかと思った。


 そうして食事が済んで……食事と呼べるのかは怪しいところだと思うが……一応栄養的には問題無くなった。しかしここ数日のゼリードリンクによって腹の中が虚無になった俺としてはどうにも物足りない感じがしてならない。


「お兄ちゃん、食事がしたいですか?」


「え? ああ、まともなものが食べたいな」


「お兄ちゃんがそんな顔をしていると私の気が滅入るんですよねえ……」


「それは……悪かったよ」


「まあそれはさておき、スピーカーを付けて公式ニュース放送にチャンネルを合わせてくれますか?」


「?? ああ、分かった」


 俺はスピーカーのスイッチを入れ公式放送のラインに合わせる。ニュースを流すための放送線だがニュースが無いのでほとんど放送していないチャンネルのはずだ。


『市民の皆様、お待たせしました! 現在食料生産ラインは復旧したため翌日の配給から固形食料の配布を再開します』


 なんともタイミングのいい放送だった。まるで仕込まれているかのような……


「リリー、知ってたのか?」


「風の噂ですがね、取り引きの情報は命みたいなものですからね」


 どうやらウチの妹様はなんでもご存じらしい。


「じゃあ明日は……そうですね、レタスサンドあたりでもいけそうですね、お兄ちゃん、それで構いませんか?」


「あ、ああ……それはまったく構わないが、出来るのか?」


「ええ、情報はお金よりも重いんですよ」


 そう言ってにこやかに笑って自室に戻っていった。俺も空虚な感じを持ったまま起きているのも虚しいので今日は寝ることにした。


 翌日……


「お兄ちゃん! これどうですかね!」


 リリーが良い笑顔と共に帰ってきた。手にはビニール袋を携えて嬉しそうにしている。


「じゃーん!」


 袋の中には紙の箱に入ったサンドイッチが目一杯につまっていた。この時代においてどこまでも貴重なものを簡単に手に入れてきたのか……


「すごいな……」


「ふふん! 私の偉大さが分かったなら夕食にしましょうか!」


 そうして久しぶりのまともな食事は思った以上に質の良いもので俺の胃袋は満足したのだった。

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