妹と映画
「お兄ちゃん! お宝をゲットしましたよ!」
またか……絶対ロクなもんじゃないぞ……
見る前から予想が付く。コイツのテンションが高い感じでやってきた時は大抵ロクなことではない。経験者は語る。
「で、闇市で何を買ってきたんだ?」
一応交換ということになっているが実質買っているようなものなので買うと言っていいだろう。
「お兄ちゃん! 闇市と決めつけるのは失礼ですよ!」
「ほぅ……珍しいな、正規品か」
珍しいこともあるものだ、運営の手伝いをすれば正規品が手に入ることがあることも知ってはいるが実際にもらったことはない。
「いやまあ闇市なんですがね」
「ちょっとだけ感心した俺の気持ちを返せ!」
なんだよ、結局闇市じゃねえか! 少しは感心したのに次の一言でそれをひっくり返すんじゃねえよ!
「そう言わないでくださいよ、結構苦労して手に入れたんですよ?」
「お前が苦労して手に入れるものは大抵ろくでもないから文句を言うんだろうが……」
コイツは投機目的で買うものについては非常にいい線をいっているらしいが、趣味で買い集めているものの方はなんとも言えない微妙なものやクソみたいなものを平気で持ってくる。気にするなと言う方が無理だろう。
「まあいいや……で、何を手に入れたんだ?」
「じゃじゃーん!」
そう言ってポケットから取り出すのはディスプレイに繋ぐタイプのメモリだ。
「動画か……で、その中身はなんなんだ?」
ふっふっふともったいぶっているが期待はしていない。
「映画です! とーぜん前時代のやつですよ!」
映画かあ……確かにそれなりに需要はあるけれど俺が見たいかと言えばまた別問題だ。どんな映画か聞かないことにはなんとも言えない。
「ちなみになんて映画だ?」
「『鮫ゾンビ』です!」
「なんだその安値で売られていそうな映画は……」
「コイツはなんと映画という名前が付いていますが、上映館が少ない知る人ぞ知る映画と聞きました!」
その時点で大体察した。要するにニッチすぎて映画館がろくに流してくれなかった映画だ。そんな映画を大枚はたいて手に入れたのだろうか……それとも安かったから交換しただけのことなのだろうか。どちらにしてもあまり褒められたものではないなと思った。
サメ映画は名作が少ないと聞いたのは児童院時代から闇市に行っていた同級生のジャンキーからの情報だっただろうか。あいつは安いものを積極的に交換していたのでくだらないものを大量に持っていた、今頃、アイツは元気にしているのだろうか?
そんなくだらないことを考えているとリリーがディスプレイをオフラインにしてメモリを刺して再生を始めていた。
「さあお兄ちゃん! 在りし日のアメリカ映画に酔いしれてください!」
ドヤ顔をしている妹、俺の妹だというのにどうしてこうも知識に差があるのだろう。俺に投資の才能は無いが、良いものと悪いものの区別は付く。この映画の出だし十分くらいで俺は退屈な映画だと判断した。
海水浴場に鮫が出てきて撃ち殺されゾンビ化し始めたあたりでリリーの方も退屈そうにし始めていた。大体死にそうなやつが順番に死んでいく、パニックホラーとして定番のビーチでイチャついているカップルが死に、オタク役と脳筋役が超破壊爆弾なる武器を作り出し、ゾンビと死闘を繰り広げる。
ゾンビだけあって鮫に殺された人たちがゾンビになって復活する。それを何の迷いも無く殺していく登場人物。もう最後まで見なくてもいいんじゃないかな……
最終的に鮫相手に核兵器を撃ち込んでめでたしめでたしとオチがついた。あの爆心地一帯が更地になったのだが平気な顔をして日常生活に戻っていく。最終的に深海のタコがゾンビ化して不穏な気配を残してエンドとなった。おそらく次回作はないだろうなと分かってしまう。
お前らそれでいいのかよ? と言いたくなるような映画だったが、隣の我が妹は非常に楽しそうにしていた。嘘だろ……この映画が名作だとでも言うのか……?
「お兄ちゃん! いい映画でしたねえ! ゾンビの群れ相手にチェーンソーで戦いを挑むシーンは涙が出ますよ!」
「お前マジで言ってんの?」
あの低予算……まあこの時代からすれば贅沢だが……の映画をどう楽しめというのだろう? 鮫に襲われるモブ役にでも感情移入しているんじゃないだろうか?
「お兄ちゃんこそこの感動巨編になんでそんな微妙な表情をするんですか! 感動したでしょう?」
「いや全然、感動とはほど遠かったと思うぞ?」
「なん……だと……」
「サメ映画は安いって知らなかったのか? いかにも予算がないですって作りだったじゃん」
「むぅ……お兄ちゃんは私の感想を否定するんですか?」
「感動するのは自由だが押しつけないでくれって事だよ」
人間何に心を動かされるかは体験してみるまで分からない、しかし本人が感動したならそれは確かにその人にとってはいい作品なのだろう。
だからコイツがどんな感想を持とうが自由だ、しかしおれの考えとしては低予算のダメな映画だったと言うだけの感想だ。
「まあ確かに交換のレートがヤケに低いなとは思ったんですが……」
そういうことだ、安いには安いなりの理由がある。それでも何も入っていないという詐欺に遭わなかっただけマシというものだろう。悪質な販売者だとメモリの中身が入っていない詐欺商品すら普通にあるからな。本物だっただけまだマシだ。
「しかしお前こういう映画が好みだったのか? あんまり運営が怒りそうな映画を映すのは気をつけろよ?」
「大丈夫ですよ、公開放映するわけでもないですし」
「まあウチの中で見る分には自由だがな……ただ気をつけろってだけのことだ」
「お兄ちゃんは細かいですねえ……」
呆れ顔のリリーだが、はっきり言って俺の方が呆れている。自分の財産を転がして手に入れたものを捨てろとは言わないが、もうちょっとトレードのレートについては考えることをお勧めするよ。
「お兄ちゃん、この映画を二人で見て楽しく夕食を取ろうと思ってたんですけど楽しめませんでしたか?」
「まあ……しょうもない映画にしてはがんばってるよ」
「残念ですね、夕食にしましょうか」
そして固形食料を食べたのだが、俺も合成食料の味に比べればサメ映画の方がよほど楽しめるなと思ったのだった。




