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妹とバーチャル花火大会

『本日は新年を迎えた記念に皆様に花火大会の案内をしています』


 スピーカーからそんな言葉が流れてきて驚いた。花火? そんなことが出来るのか? というか地下でそんなものやったら危ないだろう。


 そんな疑問に運営の放送は答えてくれる。


『なお、花火は地下の天井にレーザーで投影します。音についてはスピーカーから流しますのでどうぞよろしくお願いいたします』


「お兄ちゃん! 花火ですって! 聞きましたか?」


「火を使わない花火っていうのもなんだかなと思うがな」


「お兄ちゃんはロマンがないですね、昔の人は恋人同士で花火をみていた人が多いらしいですよ?」


「サンプリングが偏っている感じがプンプンするな……」

 なんとなく統計マジックを感じさせる説だ。地下で花火をあげるわけにはいかないのでレーザーで投影というのは無難な方法だろう、多少妥協をした感じもするがしょうがない。


「それにしてもお兄ちゃん! 今晩が楽しみですね!」


「よく考えてみれば照明を消すだけでいいんだから夜である必要無いよな」


「お兄ちゃん、そこは雰囲気というものが必要なんですよ、その辺のロマンを分かってほしいものですね」


 よく分からない価値観だがリリーが満足しているならそれでいいか。この手のイベントは運営の思いつきで行うことだ。文句はないが出来れば食糧の配給にして欲しいと思う。


 まあ、合成でない食料を生み出すためのエネルギーと、映像データをレーザーで投影するためのエネルギーでは後者の方が圧倒的に少なくて簡単だ。


 映像については過去に残っているデータから花火の映像を抜き出すだけだ。おめでたい日に花火をあげる、縁起がいいな。


 このご時世に縁起も何もないだろうという疑問は横に捨てておく。気にしない方がいいことが世の中にはある。


「お兄ちゃん! 花火大会と言えばなんだと思いますか?」


 俺は昔見た資料から何があったかを考える。


「浴衣……とか?」


 リリーは静かに首を振る。


「間違いではないですけどね、もうちょっと入手性の良いものですよ」


「うーん……たこ焼きとか?」


 そもそも季節が無いので浴衣を着る必要が無いといえばその通りだ。だからこそ一月に花火をあげるという季節のあった頃からすれば奇妙に思えてしまうことも可能なのだ。


「お、ちょっと近づきましたね!」


「一体何なんだ? さっぱり分からん」


「いい線いってるんですけどね、そこで諦めますか……まあ答えはかき氷ですよ!」


 確かに昔の史料にはそれが書かれていることも多い、しかしだ……


「真冬に食べるようなものじゃないと思うんだが……?」


「そもそも今は一月ですが冬とはまた違うでしょう? 少しでも寒くなりましたか?」


 確かに暦の上では冬だが完璧な空調で外気を浄化して調整しているので一切気温にブレが無い。冬は寒いとか夏は暑いといったことはとっくに常識からはずれてしまっている。


「しかし、かき氷ってシロップはどうするんだ? まさか氷だけで食べるのか? いやまあそれなら作れそうだけどさ……」


 氷だけなら冷蔵庫の冷凍室で作れる。しかしシロップの方はややハードルが高い。フルーツの味がしたりするものを入手するのは難しい。


「実はこの前砂糖を手に入れましてね……使う機会がいまいちなかったんで放置してたんですがこれでシロップはなんとかなるでしょう?」


 昔は砕いた氷に砂糖のシロップをかけていたと聞いたことがある。今の時代にそんなことをする酔狂なやつはいないが……


「まあ急速冷凍を使えば夕方頃には氷は出来てるでしょう」


「そりゃまあ出来るだろうな」


 冷蔵庫のスペックは高いので割と簡単に氷は作れる。冷蔵庫は滅多に使われないだけで生産ラインは人類全盛期のものを使用しているのでスペックは過剰になっている。


 それを聞いてリリーはさっさと水を冷蔵庫に入れ始めた。楽しそうな顔をしているのでいいんじゃないだろうか。氷を砕くためにはミキサーを使えばいい、シロップがろくに無いという理由でかき氷に使おうという人は滅多に居なかった。


 冷蔵庫への注水が終わったリリーがこちらへ寄ってきた。


「お兄ちゃん、一緒に食べましょうね?」


「俺もいいのか? 砂糖ってかなり貴重じゃないか?」


 合成甘味料はある程度入手できるが、天然物の砂糖は貴重だ。そうそう人にあげるようなものじゃない。


「もちろんじゃないですか! 兄妹でかき氷を食べるシチュって想像しただけで昂ぶりませんか? 出来ればソフトクリームといきたいところですが、さすがに手に入りませんからね……」


 ソフトクリームは非常に貴重だ。牛乳も生クリームもほぼ手に入らない。そのおかげで乳製品は軒並み貴重品になっている、その上日持ちしないため交換でのレートもそれほど高くない。そのせいで持っている人は自分で食べるので、アイスというものは手に入らないものの象徴になっていた。


 夕方……


「お兄ちゃん! 氷は出来ましたよ!」


「ああ、ミキサーも準備できたぞ」


「じゃあドボンと入れちゃいますよ!」


 ドサドサとミキサーの中に氷をぶちまける。そして運転ボタンを押してガガガガと鈍い音と共に氷が砕かれていく。氷が粉々になったのを確認してストップした。


 バサバサとコップに注いでスプーンを刺す、それからドヤ顔で即席シロップを取り出す。透明で味が砂糖のみだということがよく分かる。


 どーん……ぱちぱちぱち


 花火の音がスピーカーから流れてくる。地下の天上の方では光の花が大輪で咲き誇っていた。


「じゃあお兄ちゃん、食べましょうか?」


「そうだな」


 一口氷を口に含むとじんわりと溶けていき、頭にキーンという痛みが走った。かき氷を食べるとこうなるというのは聞いたことはあったが初めての経験だ。


 しっかりとした砂糖の甘みが口の中に広がり、じんわりと痛みのあとに心地よさが広がってくる。そこにどーんとスピーカーから流れてくる花火の音が混じり合い、心地よい反応が広がっていく。


「ね、お兄ちゃん、花火って良いものでしょう?」


 そう聞いてくるリリーだったが、俺は花火よりかき氷の方に夢中だった。暑くも寒くもないというのに、冷たいものを食べるというのはそれなりの贅沢感があった。


「そうだな、こんなものがあるなら悪くないか……」


「まあ砂糖は貴重ですしね、こういう物は楽しんだもの勝ちですよ」


「花火、綺麗ですね?」


 ギュッと俺の手を握ってきた。俺も握り返して『そうだな』と言った。


 そして久しぶりの砂糖を体験できたことに感謝をしながらその日を過ごしたのだった。

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