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暖かな冬の中で

 俺は冷蔵庫の中を眺めて、あのおせちもどきがまだあることを確認する。リリーが『おせちを売らずに持っておくべきです!』と主張したからだった。


 聞いたところによると、この前面白いものが手に入りそうなので一緒に食べましょう! とほのめかしていた。また面倒な品を手に入れるつもりなのか……と呆れたものだが『お兄ちゃんも共犯になりたいでしょう?』という笑みには耐えられなかった。俺だって味のあるものが欲しい、それが悪いことだとしても、だ。


 初日の出を一度見てみたいものだと思うのだが、地上の有様が安全を確保できたとしても、それを見たくないという現実とのジレンマにさいなまれていた。きっと地上は地獄のような状態だろうし、そう簡単に復旧は不可能であることは知っている。無機物と違って有機物は生産がとてつもなく面倒だからな。


 一番簡単に作れる有機物は人間ではないかと言うジョークを言う人もいる程度には生物が消え去った世界になっている。


 そして妹が持ってくるものは蓋を開けてみるまで分からないような代物だ。安直に期待してはいけないが、思わぬ良品を買ってくることもあるので少しだけ期待してしまう。


 希望を捨てないのは大事だと思う。勝手に期待して失望するのは論外だが、人間が少しでも成長をする生き物だと信じている。まあ前世代が派手にやらかしたわけだが、それに懲りて多少は反省したのだと思う……したよね?


 よくないなあ……ついつい不安になってしまう。俺の妹はなかなかに優秀な生き物なので信用をしていたりする。あいつは俺に似ていないので実は血縁がなかったと言っても感覚的には信用できる、しかしデータと科学は嘘をつかないのでリリーが俺の妹であることは登録情報と遺伝子解析で明らかになっている。


 この時代に生まれた人間は全てどこかに所属し、大抵はその運営がまるっとデータ化されそれを管理されている。それを好まない人間も昔は居たが、そう言った人間は地上に出ることを目標としていることが多く、その目的が目的なので自然淘汰されてしまった。人間は所属を快いものとしている人でないと生きていけない社会だ。


 そんな益体もないことを考えていると妹が帰ってきた。部屋の空調を暖かめにしておいてくれとのことだったので、空調の温度を一度上げて待っていた。小さめの袋を二つ抱えてその小柄な体で室内に飛び込んでくる。


「お兄ちゃん! 何を退屈そうにしているんですか! おせちに合う飲み物を持ってきたんですよ!」


「三が日も過ぎたのにまだおせちを食べる気か……いやまあ腐るもんでもないけどさ……」


 そんな俺の言葉をガン無視して冷蔵庫からおせちを取り出す。流れるような動作に迷いは無かった。


「しかしお前のことだからおせちも転売するかと思ったんだがな」


 リリーは不服そうに俺に反論をした。


「私は儲かるものは好きですが、それをちゃんと見極めてるんですよ! おせちとか全市民に配ったんだから財産にならないでしょう!」


「ああ、そういえば全員配布だったな」


 需要と供給ってやつだろうか、交換を求めるなら全市民に配られたものではなく、相手だけが持っているものの方が需要があるだろう。


「というわけで緑茶を買ってきました! 地下栽培の貴重品ですよ!」


「地下で緑茶を育てたのか……」


 その根性だけは買うが、飲み物のために大量のリソースを割いたのを見つかったら指導が入るだろうなとは思った。そのリスクを冒した割にお茶とは控えめな植物だ。もっと味の濃い食べ物だって作れるだろうに、そこで緑茶を狙うのが謎だ。


「物好きはどこにでもいるって事ですね、ちなみにこれを作った人は思った以上にレートが悪くて泣いていたそうです」


「作る前に気づけよ……」


 あまりにも気の毒な生産者だ、リリーが買わなければ自分で消費するしか無いような品だ。そういう作り手の悲しい事情が透けて見えるものは楽しめないんだよなあ……


「ちなみに私が交換するって言ったら初期のレートの倍で交換してくれました」


「気の毒な人から引っぺがすのはやめようか……」


「いえ、取り引きが成立しただけでも御の字だと言ってましたよ」


 そうか、買い手がいただけでも喜ばしいことなのだろう……本当にいいのだろうか? なんだかいい話を被った強欲な商人の話のような気がしてならない……


「まあまあ、せっかくですしお昼ご飯にしましょうよ」


「そうだな、他人の悲しい事情なんて聞いてて虚しくなるだけだもんな」


 そうしておせちの残りを引っ張り出し、テーブルに開いて二人での食事が始まった……ように見えて先にお茶を入れることになった。リリーはお茶を育てた人があまりに売れないのでお茶の淹れ方の説明書まで同封していた、それを読みながら淹れている。


 ちなみに茶器は無い、そんなものは無いのでコップに茶葉を入れてそこに熱湯を注ぎコップにザルで濾過するという強引なやり方だった。前時代のことなどろくに知らなくても正しいやり方では無いのが丸わかりだ。


 とはいえ、茶道という文化はとうの昔に無くなったのでどんなやり方でも問題無いとは言える。


「じゃあ食事にしましょうか!」


 そう言っておせちの隣にお茶を置いて二人の茶会は始まった。


「お兄ちゃん、私この料理はお茶に合うと思ってたんですよね」


「そうなのか?」


 話半分に聞きながら残った昆布巻きや黒豆を口に放り込む。どちらも合成品なので味は無い。


「食べてからお茶を一緒に飲んでみてください」


「え、ああ」


 一つの黒豆を口に入れて、味のしない豆もどきをお茶で流し込む。冷蔵庫に入れていたのでひんやりとしたおせちが熱いお茶で腹の中に流し込まれる。苦い緑茶がほんの僅かに糖分を感じる合成食料を引き立ててくれる。


「割といいな、これ」


「でしょう?」


 美味しい茶会になったので俺は妹と二人で暖かな部屋で気持ちよく過ごす事が出来た、生産者に心の中で感謝をした。


 ちなみに後日、その食べ方を発見した人により緑茶のレートは上がったらしい。食べ方を流したのはリリーではないかと思っていたのだがそこは『秘密』だそうだった。


 ちなみに寝る前にキッチンを覗いてみたところ茶葉の入っていた袋は一袋空になっていたが、しっかりもう一袋の方は残っており、レートが上がったところで消えて無くなっていた。この辺にあいつは商売のセンスがあるのでは無いかと感じずにはいられなかった。


 しかし、目的が何であれ、気の毒な闇市の余り物が無くなっただけでもすこしだけ気分がよくなったのだった。

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