新年への道のり
新年が来た、しかしそれは何ら新しいことではなく、ただ単に俺とリリーが過ごした年が一年加算されたに過ぎない。
「退屈だなあ……」
リリーはおやおやと言った顔で俺を見ている。
「なんだよ……?」
「いえ、お兄ちゃんでも退屈は嫌いなんだなあってね?」
「お前が普段やってることほどの刺激は要らないけど、暇すぎても困るんだよ」
リリーが来てからというもの突然家庭内が荒れまくった。違法通信は平気でするし、ご禁制の品を平気で買ってくるし、旧世代の機械も平気で手に入れてくるし……とにかく無茶苦茶になった。
しかし、それで生活に張り合いやスリルというものが出たのも確かだ。こういうスリルを求めていたのかといえばそうでもないのだが……
リリーが俺をパートナーと決めた日、俺には突然通知が入り一緒に暮らすことになった。どうなることやらと思っていたのだが案外どうにでもなるものだ。日常を食事に例えるならケーキばかり食べていたら退屈したので辛いものが食べたくなるようなことだ、ちなみに現在はどちらもほとんど存在していない。
「ではお兄ちゃんと楽しいものを一緒に楽しみましょうか!」
「新年から運営に目を付けられそうなことはやめようか……」
「新年だから監視班も暇してますって!」
監視作業をしている運営にぶち込まれた人はご愁傷様です。
しかし新年感のない新年だ。ここ数日にしても配給が微妙だったくらいしかない。新年になったからとはいえ、急に地上の放射能が消えたり、生物が大量発生したりしない、結局地球が太陽の周りを一周した以上の意味は無い。
「じゃあお兄ちゃん! ゲームでもしませんか?」
「ネットワーク要素はあるのか? 監視付ではやりたくないぞ」
「問題ないです! ちゃんとオフラインで二人プレイのやつです!」
「じゃあいいかな、ディスプレイも使わないのももったいないしな」
「持ってきますね!」
そう言って部屋に戻るとガサガサ音がして、リリーは銀色の箱を持ってきた。コントローラーらしきものが付いている。物理的なボタンのある壊れやすい品だ。昔の人は可動部を増やすのは故障の元だと気付かなかったのだろうか? いや、きっと再生産すればいいやくらいの感覚で作っていたのだろう。壊れれば作り直せばいい、それが前時代の考えだった。
「で、何をプレイするんだ?」
「はい! バトルオブモンスターズってゲームですね。要するにモンスターが主役の格ゲーです」
なるほど、格ゲーはリリーにいつだったかプレイさせてもらったことがある。コマンドで必殺技が出るくらいの認識しかないが、習うより慣れろだ。プレイしてみるのが一番早いだろう。
結果……リリーのキャラに俺のキャラはボコボコにされた。必殺技を打つ間もない猛攻から反撃しようとすれば適切にガードされ、攻撃をしようとすればガードからのカウンターが飛んでくる。
「はい、十回やってお兄ちゃんは一度も渡しに勝てませんでした、感想は?」
「お前大概アレな性格だよな……」
「何のことでしょうねえ……ふふふ……」
「ところでお兄ちゃん、ちょっとお買い物に出てきますね。市場ももう開いてるでしょうし」
「闇市に入り浸るのはどうかと思うぞ?」
しかしリリーは余裕の顔を崩さない。
「お兄ちゃん、私はこれでも財テクの鬼と呼ばれているんですよ? 私が買ったものは大抵レートが値上がりするんです!」
合法的に稼いだものならどうでもいいが、俺の食べたものが闇市で買われたものだと思うと罪悪感がないわけではない。とはいえ、コイツが買ってくるものって大抵美味しいんだよなぁ……
「目を付けられないようにな?」
「お兄ちゃん、私は目を付けられる頃にはちゃんと売り抜けているからこそ財テクの鬼と呼ばれるんですよ」
「その内怒られそうだな……」
リリーはそんな俺の言葉を無視して出て行った。まあ闇市も開いたばかりで大したものはないだろう、気にしすぎもよくないし、あいつだって無茶はしないはずだ。取り締まりのラインギリギリを責めているような気もするが、滅多に――無いわけではないが――そのラインを超えないので大丈夫だろう。しばし待っている間にこっそり入手していた紅茶を飲もうかと思ったが、あいつと一緒に飲んだ方が何かと美味しい気分になれるのでやめておこうか。
ディスプレイで何か見ようと思ったが三が日は放送がない旨を表示して『健全な』映像が流れ始めた。いつものことなので電源を落とす。スピーカーで何か放送していないかなと思ったが、どこもかしこも休日らしくホワイトノイズが流れてくるだけだった。
放送しないなら無音でいいだろうに、雑に電源を切ったと予想が付くホワイトノイズに呆れながらソファに寝転がった。ああ、妹がいない時はこんな感じで過ごしてたよな……
ウトウトしているとリリーが帰ってきた、手には袋を抱えている。その袋には『肉』とだけ書いてあった。
「じゃじゃーん! お兄ちゃん! お肉ですよ!」
「まあ肉って書いてあるもんな」
「安かったので買っちゃいました! お兄ちゃんとお正月のお祝い用に奮発したんですよ!」
胸を張ってそう言った。俺は何が入っているのか分からない肉をよく買ったなと呆れながら聞いていた。
「これで焼き肉をしようと思います!」
「すげーな……焼き肉なんてやる奴ほとんどいないだろう。この時代にやることとは思えないな」
「そうでしょう! 私のことを崇めてくれてもいいんですよ?」
コイツが珍しくすごいなと思えた、普段からよく分からないものを買ってくるのには定評があるというのに、肉を持ってきたか。
「ではガスコンロを出しますね!」
そう言って小型コンロを出してくる。どこでも手に入るものだが、簡単に手に入るのはそれを調理する食材の方がないので入手が容易というだけの意味だ。
リリーはよく分からない肉塊をドサドサとフライパンに落とす。見た目としては内臓かなと思ったのだが、どうやら挽き肉にも似ているようだ。あえて言うなら成型肉というのが一番適当では無いかと思う。
「食べるか」
「はい!」
もちろん前時代のように肉意外に白米を食べるような贅沢は出来ない。肉オンリーの焼き肉だ。味付けは塩、シンプルと言えば聞こえはいいが入手性の関係でそれ以外が無いだけだ。
「美味いな」
見た目が悪い割にはちゃんと美味しかった。肉を食べるなど何年ぶりだろうか? 児童院時代も滅多なことでは食べられないものだったからな。
「お兄ちゃん! 私のことを褒めてください!」
「えらいえらい!」
「そうでしょう!」
そうして黙々と食事を進めていき、ご飯の代わりに固形食料は無理があったなということに気がついた一日だった。
なお、リリーによると財テクの成果がまだあるそうなので「いつでも贅沢をさせてあげますよ!」とドヤ顔をしていたが、俺が一体何の商品を使っているのかと聞くと、『秘密です』と教えてもらえないのだった。




