兄妹の年越し
俺たちは本年度の終わりを迎えている。幸いにも退屈な日常を過ごすことが出来た。
「お兄ちゃん、昔は年越しにそばを食べていたらしいですがなんかないですか?」
「ほれ」
俺はゼリードリンクと固形食料をポンとリリーの前に置く。これ以外の食べ物は無い。
「クソみたいな選択肢しか無いような気がするんですが……」
「実際選択肢なんてこれしか無いだろ、いやなら闇市に行くしかないな。もっとも、どこももう店じまいをしてるだろうけど」
平年通りの年末、しかしその朝には一回だけスピーカーから重要な放送が流れる。人口の増減についての放送だ。これによって新年の配給内容が変わるので聞いておかなければならない情報だった。
「まったくもう……おっと、そろそろ放送ですね」
「ああ、来年への運試しだな」
俺たちが社会の一員として真面目に行動する気がない以上、人口を増やすのは他の皆にお任せだ。つまるところこの放送は運試しとなっている。
コミュニティにいい人が多いといいのだがなと思う。いや、決して悪い人なんて居ないのだろう。問題はこのご時世に真面目に生きる人間が少ないことだ。流されるままに生きている草のような人間が多い。
真面目に生きなくても機会が世の中の大半を回してくれる。だから俺はやらなくてもいいことをやらないことにしている。
『本年度の人口は……』
収録済みの放送が流れ始める。リリーと共に息を呑んで今年の成果を期待していた。
『増加傾向にあり、人類の未来は明るいと言えます』
減少傾向ならがんばれと精神論を言う運営が珍しくポジティブなことを言ってくれた。おそらくこれで大丈夫なのだろう。俺たちの配給暮らしも差し支えないと言える。
「お兄ちゃん! いい感じですね!」
「そうだな、出来れば年始の配給で餅が欲しいところだが……」
餅、そう、日本人が前時代において正月に食べていたという食事、現在では餅を喉につまらせたという死亡例があることと、米自体が非常に貴重なことからまず食べられないものになった。
「お餅ですか……貴重品ですし無理でしょうね」
「だよなぁ……」
無理なことは分かっているのだが希望としてはそのくらいということだ。
『それでは皆さん! よき年末を!』
そう言ってスピーカーからの放送は終了する。景気のいい話は嫌いじゃない。
「お兄ちゃんは現実的なラインで何が出ると思いますか?」
「そうだな……芋あたりじゃないか?」
「芋ですか……フライドポテトが美味しいらしいですね」
「油が手に入らないんだがな……」
人によっては鉱物油をそのまま使って揚げ物をして健康診断に引っかかる奴が時々いる。正気の沙汰とは思えないが植物油や動物油は極めて貴重なのでしょうがない。
「もったいないですよねえ、画竜点睛っていうんですかね?」
「ただの貧困だろうよ」
リリーは不快そうに頷いてから、吐き捨てるように言う。
「なんでご先祖のツケを私たちが払わなきゃならないんですかねえ……」
「世代を重ねるってそういうことなんだろうな」
ご先祖が時代を謳歌して破壊した。旧世代が作ったものなのだから壊す権利だってあるだろうという奴がいてイラッとした児童院に居た頃を思い出した。
「さて、年越し用の固形食料を開けるか」
紅白の銀紙に包まれて『祝』とプリントされている袋を一つ持ち、もう一つをリリーに渡した。
紅白が何故めでたいのかは知らないが昔からそうだったらしい。その時代は紙を使っていたそうだがフィルムなのでテカテカの紅白になっている。
「運営もこれで誤魔化したつもりなんですかね? 中身は一緒でしょうに」
「雰囲気って奴じゃないか? フィーリングって大事らしいぞ」
「そういうもんですかねえ」
リリーは納得していないようだが、まともな食事を全市民に配給するのが不可能な以上省リソースで、配布しても問題無いものという落とし所なのだろう。一応まともな食事も一日くらい無理をすれば可能なのかもしれないが、それが通貨になってしまうことを懸念しているようだ。裏技的な使い方をする奴が悪いのだが、罰則がない上に警察機関もやる気がないのでしょうがない。
警察官だってこの時代に命を賭けてまで仕事をしたいとは思わない、その手の面倒事を押しつけられた人に士気を求めるのは無謀というものだろう。
「じゃあ運営に感謝をして食べるとしようか」
「感謝する気はないですが食べますかね」
ポリポリと固形食料を囓るとやはり味はしないのでうんざりしたのだが、これが年末の風物詩なのだろう。毎年これでは気が滅入りそうなものだが、皆諦めきって各家庭がこれを食べていると思うとなんだか無性に虚しくなった。
「お兄ちゃん、来年の配給への陳状でも出しましょうかね?」
一応目安箱的なシステムはあるのだがもちろん機能していない。意見は電子データとして送られ計算機に処理される、一切人の情というものが入り込む余地は無い。
「まあやるだけならただだしいいんじゃないか? 俺は信用してないからそんなもの送らないけど」
信用がないのがこの世界の運営の定評である。信用が無いことだけは篤く信じられているあたりお察しだろう。
「お兄ちゃんも人間らしい生活が出来るように苦情を出しましょうよ!」
「多分俺が出さなくてももう大量に出てると思うぞ?」
世界運営が始まった初期の頃は苦情が溢れて処理能力を超え、しばしの間禁止されることになったそうだ。人間というのはどうにも不満をため込む生き物だなとその話を聞いた時は思った。
「そういえば年越しに鐘を鳴らす風習があったって聞きますけどホントなんでしょうか?」
「大戦前の話だな。それは宗教行事だったらしいし、宗教は全部死んだんだからもうする人もいないんじゃないか? まあこの前のクリスマスも一応宗教行事だったという歴史学者がいるらしいが」
ちなみに歴史学者とは全員が自称である。歴史については闇に葬られた部分が多く、教育カリキュラムからも軒並み排除されているため好き好んで史料を集めてつなぎ合わせる趣味をしている連中が歴史学者を自称している。
「お兄ちゃん、何か楽しい話はないんですかね? ネガティブが過ぎますよ?」
「この時代にネガティブも何もないだろうに……」
「年末放送も終わっちゃいましたし、お兄ちゃんとお話しするのがエンタメの一つなんですよ!」
「人を勝手にエンタメの素材にするな! 俺は今年も無事だっただけで十分なんだよ……」
リリーも諦めてふぅとため息をついてから俺に言った。
「やること無いんですよね……じゃあお兄ちゃんと一緒に寝ましょうか、ここで寝るので布団を持ってきてもらえますか?」
「何がじゃあなのかは知らんがまあそのくらいなら」
俺とリリーはその日、隣同士で『二』の字になって寝たのだった。そして俺たちは不真面目な生き方が大好きなので特に一緒に寝ても何事も起こることはなかった。




