年末の放送は休止します
『本年の生放送はこれで終了します、以後、年明けまで収録済みのものの放送になりますのでご理解ください』
スピーカーからそう流れてくる。年末休暇という奴だろう。そもそも人員の入れ替えが激しいので誰が変わろうが基本的に同じようなことしか言わないわけだが。
『本年度は以後緊急通報以外の所に繋げることは出来なくなります』
そう言って朝の放送は終了した。いつも通りの年末なのだがリリーは何故かソワソワしていた。
「どうした?」
「いえ、なんでもないですよ、気にしないでください」
コイツがそう言う時は大抵ロクなことを考えていない時だ。兄妹として過ごした時間が経験則として俺に忠告をしてくる。
とはいえ、年末に何かが起きたという話はさっぱり聞かないのでまず問題は無いだろう。今年も緩やかな終末へ向かって人類がすこし進んでいる。人類の未来は明るくないが、俺たちの世代が貧乏くじを引くこともないだろう事に安心した。
今年の人口統計は微増と報告されているようだ。減った時は大々的に檄を飛ばす運営なので嘘ではないのだろうと思う。
「お兄ちゃん、年末は大体休暇になるんですよね?」
「ああ、児童院の世話係や救命施設なんかを除けばほぼ全て休みだぞ」
いまいちリリーの発言の意図が掴めない。また何か企んでいるのだろうとは予想が付くのだが……
「では、ちょっと闇市に行ってきますね!」
「堂々と宣言するなよ……まあ警察機関が休みだから捕まるようなことは無いだろうがな、問題があるぞ」
「え? 買うのも売るのもやりたい放題じゃないんですか?」
残念ながら違うんだよなあ……
「地下やドームの区画管理担当が休みになるから商品が入ってこないと思うぞ」
どんな手段を取っているかは知らないが闇市に売られている商品は大抵他所の区画からの密輸を経ている。それが完全にシャットダウンされてしまうので人の行き来もものの流通も休みになってしまう。それは配給品であろうと闇市の商品であろうと同じ事だった。
「つまんないですね……せっかく楽しめると思ったんですが……」
「世の中に無料のランチがないのと一緒だよ。結局一人だけが美味しい思いを出来るようなイベントはないんだよ」
一人だけが得をすることはない、それは大戦前から同じだったはずだ。格差こそあれ、得をし続けると言うことはほぼ不可能だったと聞いた。
誰であれ、何かをするにはコストがかかる。合法だろうが違法だろうがそれは変わらない。
「じゃあお兄ちゃん、何かゲームでもしませんか? 監視されてないならコンピュータゲームだってやり放題でしょう?」
「分かったよ、そのくらいは付き合ってやる。
リリーは駆け足で部屋に戻り真っ黒い箱を一つ持ってきてケーブルをディスプレイに繋ぐ、電源はディスプレイ用ケーブルからの供給で事足りるようだ。
「じゃあゲームは『まちかどバトルロイヤル』でいいですね?」
「ああ、ルールはよく知らないが簡単な奴なら出来るぞ」
「じゃあ丁度いいですね、移動とボタンで攻撃するだけです。上でジャンプ逆方向への入力でガードです。体力を削りきった方の勝ち、シンプルでしょう?」
「分かりやすくて都合がいいな」
そうしてリリーとの対戦が始まった。ボタンはパンチとキックのみだが案外奥が深く、コンボを決めるためにタイミングよくどちらを繰り出すか決めないといけない。
やはり一日の長があるのかリリーは圧倒的な実力差で俺に勝利した。接待プレイというものをやる気は一切無いらしい。
開始後即抜けられないコンボにハマってそのまま体力を削りきられてしまう。昔の人はこのゲームを面白いと思っていたのだろうか? 大抵は実力差はあっても一撃で勝負が決まるようなゲームを認めるとは思えないのだが。
「ふぅ……何か賭けておけばよかったですね!」
「自分が圧倒的に有利な場面で賭けを持ち出しても誰も受けないと思うぞ」
負けが確定している勝負をしたがる人は居ないと思う。やるのは根拠のない自信家くらいだろう。
「そう言えばお兄ちゃん、警察も休むってことは遠隔通信し放題って事ですかね? それは大変良い事じゃないですか!」
「ああ、そう考える奴が多いから毎年ネットワーク自動監視プログラムが改編されているらしいな」
「運営はロクなことを考えませんね、休むなら大人しく全部休めばいいと思うんですけど」
「残念ながら運営は争いごとの種を摘み取るのが最優先だからな、そう簡単にはいかないさ」
リリーが非常に不満げにしていた。スタンドアローンのコンピュータゲームとネットワーク通信を伴うものはまったく違う。大戦前はとても流行ったらしいが、流行ったせいでトラブルも続出してめでたく規制をされてしまった。
「つまんないですね……てことは年末に食べられるのは配給食のみですか……私はもはやワカメさえ恋しいと思いますがね」
この前のワカメは不評だったが、味があるだけマシという意見もそれなりにあったらしい。無味無臭の固形食料やゼリードリンクよりは栄養がなかろうがそちらの方がマシという話だ。
「いいから飯にしようか。そろそろお昼の時間だろう?」
「そうですね」
俺たちは二人でブロック状の食料を囓りながら暇つぶしになることを探していた。エンタメの無い時代というのがなんとも憎らしいもののような気がしてしまう。
「新年の配給で何か配られませんかねえ……人類も増えたらしいですし」
「昔一度だけ餅が配られたって聞いたな。もっとも、大昔のことだけど」
「マジですか!? そんな良いイベントをやめちゃったんですか?」
「ああ、餅が通貨代わりに取り引きに使われて以来即規制が入ったらしい」
「世の中誰でも同じ事を思いつくものですねえ……私でも絶対そうしますもん」
だから規制されたんだよ、と思ったが黙っておいた。通貨というものを実質廃止してからいろいろなものが通貨代わりになったらしいが、最終的に通貨と交換するに値するものが無くなって闇市でそれが物々交換として名残を残しているだけだ。
「お兄ちゃん、何か年末らしいことをしましょーよ!」
「無茶を言うな、文化なんてものが無くなって何年になると思ってるんだよ?」
「それでも何かないんですか?」
そこで俺は一つ思い出した。
「年末じゃなく年始の文化だったものだけど『寝正月』ってものがあったらしいぞ」
「それは現代でも出来るんですか?」
「ああ、食って寝てを続けるだけだからな」
「なんとも退廃的な文化ですね……そのくらいなら現代の日常じゃないですか……」
「まあそんな言葉が残ってる以上年末年始は寝て過ごすのが普通って事だ。のんびり行こうじゃないか」
「しょうがないですね」
こうして俺たちは人類の黄昏を何事もなく過ごしていくのだった。




