終末における年末に至る週末
人類の終わってしまった歴史の中で、俺たちはただの年末を過ごしていた。ただ単にカレンダーの数字が十二月になっただけである。これといって特別なことは何もない。
「お兄ちゃん、年末ですし掃除でもしますか?」
「掃除するような余計なものが一切無いだろ」
部屋にあるのは必要最低限のもの、リリーの部屋にあるものまでは知らないが、生活を送るためのモノ以上は贅沢品に他ならない。余計なもののない必要な家具のみの部屋だ。
俺はシンプルに生きていくのに要らないものは滅多に買わない。食品は時々買うが、それくらいが楽しみだった。
「お兄ちゃん、余計なものが人生に潤いを与えてくれるんですよ?」
「そのために運営に目を付けられたいとは思わないな」
「お兄ちゃん、生きるために人生があるわけじゃないんですよ? 確かに死なないかもしれませんがそれで楽しいですか?」
今日のリリーはやけに哲学的な質問をしてくるな。
「楽しいぞ、時々食べ物を買ってきて一緒に食べてるだろ? 俺にはそれ以上の娯楽は要らないかな」
要らないと断言できるだろうか? まあでも俺はこの生活にそれなりに満足している。家族が一緒に不自由なく暮らせる、その事に不満がそれほどあるわけではない。
確かに自分の幸福を求める欲望が文化を発展させてきたらしいとは聞いた。その結果があの大戦ならばその事を全肯定する気にはなれなかった。
「つまりお兄ちゃんには私との生活で十分だとおっしゃる? まあ大変それは結構なのですが趣味というものを持って欲しいですね」
「そう言われてもなあ……趣味なんて前時代のものだろ? この時代にリソースを無駄に消費するようなものもな……」
時代によっては人気だった趣味の多くは規制されているし、前時代ではそれなりにあった園芸とかの人畜無害な趣味でさえ植物という貴重なものを人間が勝手に育てられない、そんな世の中だというのにリリーは楽しそうに生きている。俺には到底その境地にはたどり着けそうに無かった。
だから、ほんの少し、コイツのことを羨ましいなと思った。生きることを楽しむことが出来る、今の人類に必要なのはそう言うことではないかと思うこともある。
しかし人はある程度不自由にルールに従って生きなければならない。ルールを無視するとめぐりめぐってたいていの場合不利益を被ることになる。
「お兄ちゃん、じゃあゲームでもしませんか? カードなら環境負荷も無いですしばれる心配も無いですよ!」
「分かったよ、じゃあ一回勝負しようか。ポーカーでいいか?」
「アレは役を覚えるのが面倒なのでババ抜きか神経衰弱にしましょう」
ポーカーに役はそんなに多くなかったような気がするが……技術というのは得てして人間の手に負えなくなることが多いものだ。しかしそのくらいは覚えてもいいんじゃないだろうか?
そうしてカードを配り終えて、勝負を始めようというところでリリーが条件を後出ししてきた。
「勝った方が負けた方に命令できるってどうですかね?」
「俺がそういうの苦手なの知ってるだろ」
自慢ではないが俺は何かがかかった勝負に極端に弱い。プレッシャーに弱いのでそういうのは好きじゃないんだ。
「まあまあ、お兄ちゃんが勝ったらサービスしてあげますよ?」
そう言ってジョークを飛ばすリリーだが、ババ抜きなんて運で勝負するようなものに大切なものを賭けるのはリスキーだと思うぞ?
「じゃあ俺が勝ったら……」
「はっ! ついにお兄ちゃんが性に目覚めるのですか!?」
「そういうのはいいから、美味しい料理でも作ってくれ」
「お兄ちゃんのチキン……」
「そもそも俺の勝ち筋が薄い勝負に乗ってやったんだからそのくらいは認めろ」
「分かりましたよ……その代わり、私が勝ったらお兄ちゃんを好きに出来るんですからね!」
「勝ったらの話だろう?」
まあコイツもそこまで無茶振りはしないだろう。俺にだって勝てる可能性があるのだから相手に重い要求を呑ませるためには自分もそれなりのリスクを抱えなければ不公平だ。コイツは意外とフェアなところがあるのでそう言うことはしないと思っている。
「じゃあ配りますよ」
パサパサと配られていったのだが、ババ抜きを二人でプレイするという条件のため初期の手札の大半は捨てられてしまった。当然だがこのゲームは二人でプレイするようなものじゃないと思う。だって最後には相手のジョーカーを引くかどうかの勝負だけで勝ち負けが決まるのだからな。
案の定カードはどんどん捨てられていき、俺にジョーカーとスペードのエース、リリーがどちらを引くかという選択にはあっという間になってしまった。こうなるとあとは心理戦だ、リリーが俺のジョーカーに手を伸ばすのでクイと手を動かしてその手をスペードのエースの方にあわせる。リリーはしてやったりという顔でジョーカーの方を引いた。
「な……!? お兄ちゃん! 戦略がいやらしいですよ!」
「悪いが勝負事に弱くても負けるのは好きじゃないんでな」
リリーが持っている二枚のカードのうち、カドが僅かに削れているものを選んで終了だ。カードが現在生産されていないものである以上経年劣化しているのは避けられない、避けられないのだがその特性はババ抜きにおいて致命的な不具合となっていた。
「うぅ……お兄ちゃんに命令できる権利が……」
「はいはい、いつまでもグズらない、じゃあ今晩何か料理をしてくれ。食材は……持ってるんだろう?」
「しょうがないですね! 私のとっておきのネギを使ってあげますよ!」
俺は苦笑した。この時代における精一杯の贅沢でネギだ。なんとも貧しいことだなと思う。
「で、メニューは?」
「ネギ鍋ですよ! 栄養の方は固形食料でいいでしょう?」
「ああ、それでいい」
それからリリーは自室の保存庫から長ネギを持ってきてザクザク切り合成のコンソメを入れた鍋にネギを放り込んだ。これが俺たちの時代における精一杯の贅沢だ。
「ハフ……ホッ……案外ネギだって美味しいな」
「お兄ちゃんには妹の手料理だという点も考慮して欲しいものですね……まあそれ込みの評価なら構いませんよ」
俺は少し考えてからネギ鍋について言った。
「そうだな、妹の手料理だと考えると美味しいな」
そう言ったところリリーは満足げに頷いて「そうでしょうそうでしょう」と言っていた。
俺はその日、久しぶりに料理というものを食べて、なんとなくだが妹が「当たり前以上」をやたらに求める気持ちが分かったような気がしたのだった。




