クリスマスケーキ
『来週は『クリスマス』と呼ばれるお祭りの季節です。皆様方におかれましてはケーキを配布しますので皆様のご家庭でお祝いを行われるよう……」
「お兄ちゃん、「くりすます」ってなんですか?」
リリーが至極当然の疑問を呈している。運営も暇なのかそんなものを持ち出している。
「なんか昔にあったお祭りらしいぞ」
俺の記憶の限りで知っていることを答える。
「なんでそんなものを大々的に開催するんでしょう? ケーキを配るとまで言ってますよ?」
「なんというか……聞いたことがあるんだが、その日はカップルが良い感じになってしっぽり過ごす日らしい。まあようするに人口を増やしたいって狙いだろ」
「ああ……そういう」
リリーも察したのだろう。産めよ増やせよ、だ。
「「しかし! しかしです! なんとケーキですよ! 理由は何であれ豪華すぎませんか!?」
「たしかにな、ケーキとか食べたこと無いんだけどお前はある?」
「あるわけ無いじゃないですか、伝説上の食事だと思ってましたよ!」
ケーキかぁ……今まで食べたこと無いんだよなあ。美味しいとかごちそうだったとか、評判はよく聞くのだけれど実際に食べたことのない物でトップクラスに有名じゃないだろうか。
伝説上の食事というあだ名は伊達ではなく、児童院時代にはホラを吹くので有名な奴が『食べたんだぜ!』と声高に主張していた。とても美味しかったらしいが本当だろうかと議論になったことがある。結局嘘だったという結論に至ったのだが、それなりに耳目を集める話題にはなった。
美味しい食事というのはそれだけ皆の欲しいものになっている。
「まあいいでしょう、配給で全てが分かることです!」
そう、ケーキの配布と言っていた。誰もが一つ手に入ると言うことだ。現代では不平等は許されない、リリーが時々行っている闇市とかは置いておいて基本的に区別されることはない。
全員が皆平等に貧しいというのが良いことなのかは不明だが、少なくとも格差と呼ばれるものはほとんど無くなっている。
「その……なんだ、期待しすぎるなよ?」
「運営には油断も隙もないですからね、私たちもちゃんと疑いを持つ必要はありますね」
「そもそも今の運営に全家庭にケーキを配るほどの余力があるとは思えないんだよなあ……」
一番の疑問はそこだ。噂によるとケーキには卵やクリーム、小麦等現在ではまず人の口に入らないものが大量に使われていると聞いた。それが本当なら少し非現実的な配給ではないかと思う。
「配給日は明後日ですね、その日になれば分かるでしょう」
リリーがそう言ってその日は終わった、しかし翌日からの配給にケーキが入る予定だったのに事件は起こった……いや、起こらなかった。
「お兄ちゃん! 大変です!」
「なんだよ、どうせ大したことじゃないんだろう?」
リリーは驚きの表情で俺に話す。
「今日からケーキの配布と言ってたので闇市場に行ってきたんですよ!」
「初日から何をやってるんだよ……」
もはやコイツの行動に一々突っ込むのも無駄な気がしてきている。
「ケーキがまったく流れてないんですよ! おかしくないですか? 超高レートで交換できそうなものじゃないですか? それが全く無いって……」
なるほど、確かに少し妙だが……
「一生に一度食べられるかっていうようなものだし市場に流す人がいなかったんじゃないか?」
人間が生きるだけならば、何のコストも支払わなくても良い時代だ、珍しいものを確保しておきたいという人がいるのは不思議ではない。一人くらい流してもいい気はするが、人口減少で闇市場の全体人数時代が減っているのでたまたま流れなかったという可能性は十分にある。
「なーんか、私の勘が怪しいと疑ってるんですよね……まあ明日になったら貰えるんですし明日に期待しますかね!」
そうして一日が終わった。何事もなかったが翌日の波乱を感じさせる不穏さをはらんでいた。
翌日。
「お兄ちゃん! 早く起きてください! 配給所にダッシュですよ!」
「眠いんだよ……もうちょっと寝かせてくれ……」
コイツ、普段は起こしに来たりしないくせにこういうときだけ俺にせっつくのは勘弁して欲しい。
「だめですよー! 行きましょう!」
「分かった分かった……」
渋々だが起きるしかないようなのでベッドから出て着替える。リリーはその間ずっと配給所の方を見ていた。
「さて、行くか」
「よーし! れっつごーです!」
そうして配給所に着いたのだが、そこはなんといつも通りの光景だった。俺たちは人が殺到していることくらいは予想していたのだが、まるで混み合っていないというのは予想外だった。
「こちらです、身体スキャンをお願いします」
いつもの健康診断を行って配給袋をもらう。今日はそれとは別に小箱を一つ渡された。もちろんそちらをリリーが持って俺たちは帰ることになった。
「なんか……拍子抜けですね」
「伝説なんてものは存在しないからありがたがられるのであって現実は案外そんなもんだよ」
歴史ある何かというものにはそういうものが多い。歴史に淘汰されず生き残ったものの方が優秀であることはままあることだ。
誰かがケーキを狙っているでもなく、俺たちは何事もなく家に帰ってきた。
「じゃあお兄ちゃん……ケーキを開けますよ?」
「ああ、開けてみろ」
リリーが慎重に箱を開くと、その中に入っていたのは白いクリームに包まれた塊が二つだった。形は三角形をしている。クリームこそあるものの、噂に聞いた果物はさすがに無いようだ。
「これがケーキですか……意外と殺風景ですね」
「言ったろ? 伝説なんてそんなものだよ。食べようぜ」
「食べたら美味しいかもしれませんもんね! スプーンを持ってきますね!」
そう言って台所にダッシュした妹を眺めながら、このケーキとやらがどれだけ美味しいのか気になっていた。一応話としては残る程度に美味しいのだろうと思う。誰も食べたことがない物の味をどうやって再現したのかは気になるところだった。
「お兄ちゃん! スプーンです! じゃあ食べましょう!」
「ありがと、じゃあ伝説を食べるとするか」
「はい!」
そうして三角形の頂点にスプーンを突き刺して切り取ろうとした……が、スプーンはすぐに止められた。
「固いな……」
「おかしいですね……噂ではふんわりしているって聞いたんですが……」
「よっ……っと」
力を入れて無理矢理ケーキを切り取る。スプーンに切り取られた場所からはなんだか見覚えのある生地がクリームの下から見えている。
俺は不安を感じながらもケーキを口に運ぶ。
その瞬間、無味無臭なのに油のこってりとした感触だけが口の中に広がった。
「なんだよこれ……」
向こうを見てみるとリリーは渋い顔をしている、俺の予想からするとケーキのクリームの下に入っているのは……
「固形食料クリームのせって所か……」
「お兄ちゃん、クリームの方も大概マズいですよ。甘くないどころか味がしませんよ!」
「油の味はするな」
「そういうマズい方面の味は求めてないんですよ……」
そうして大変気まずい空気の中で昔あったお祭りであるクリスマスは終了した
「市場に流れなかった理由はこれですね……」
「だろうな、値が付かないどころか詐欺だと言われかねないな」
こうして伝説というものがいかに当てにならないものであるかを学んだ一日だった。
後日、当然であるがこれで良い雰囲気になった家庭などあるわけもないので運営はスピーカーから謝罪することになったのだった。




