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お昼ご飯、無料で

『最近の人口増加傾向に鑑みて、皆様に特別配給をいたします』


 そんな話がスピーカーから流れてきたのは数日前。それからずっとソワソワしていたリリーだったがいよいよ御待望の配給日になっていた。


「お兄ちゃん! 何がもらえると思いますか?」


「肉だと嬉しいが……まあ野菜だろうな、それ以下かも……」


 不安でしょうがない、この前はワカメだったし、もっと碌でもないものが配給されることすら覚悟をしている。


「私はお肉だと思いますねー、せっかく人口が増えたんですしそのくらいのお祝いは欲しいですね」


 コイツは随分と楽観的だ。今まで期待に応えてくれたことがどれだけあるだろうか、大抵その期待は裏切られてきた。リリーはメンタルが鋼のように強いらしい。


 配給所への道を歩きながら俺たちは語り合う。俺はいいとこ合成肉じゃないだろうかと、その程度に考え、妹への慰めの言葉を考えていた。まあご愁傷様くらいにはもうすでに思っている。


 そんなことを考えながら配給所に着いたのでいつも通り身体スキャンをしてから配給をもらう。その時に配給担当の人が渡してくれた一つの袋を別でもらった。


 その時に『中の説明書を読んでくださいね』と言われたのが気にかかった。普通は食べるだけのものに説明など無いというのに。


「お兄ちゃん、今日のは重いですか?」


 ワクワクしていると言った風に好奇心を隠せていないリリーが俺に聞いてくる。


「軽いな、今までのを考えてもかなり軽いぞ」


 そう言うとリリーは俺から袋をひったくって重さを確かめためつすがめつする。配給の重さには相場がある、たいていの場合特別配給があれば手に持って分かるくらいに重い。その重さが無いようであれば期待薄というわけだ。


 袋をじっと見たりポンポンと叩いてみたりして、いつも通りの配給と変わらないことを確認してから俺に袋を返した。


「確かに軽いですね……まあいいです! 食べ物の価値とは重さじゃないですから!」


 コイツが前向きに考えることに尊敬の念すら覚えながら、俺は一緒に家路を歩いた。


 確かに配給は大したものではないが、もとから何も付かないのが普通なのでそれを考えれば何か貰えるだけマシと言うことだ。


 実際、しっかり水分を飛ばした食べ物はそれなりに軽くなるし、それなりに貴重品かもしれない。


 益体もないことを考えていると自宅に着いた。認証をしてドアを開けるとリリーは珍しく袋をすぐ開けなかった。こういうことがあると真っ先に袋を開けてテーブルにぶちまけるのが当たり前だったので失望していることが見て取れる。


 ゴトリと袋を置くとさすがに気になったのか袋を開封した。中から小さな紙袋が出てきた。普通の人が両手に包み込める程度の大きさだ。


 しかもその袋がやたら軽いのが気にかかった。触って見ると内側に角ばった物があるように感じられたので袋を開けてみた。


「米だな……」


「へえ、久しぶりですね! まさか米とは思いませんでしたよ」


 児童院に居た頃は時々炊かれていた。それもお祝い的な日だけの話だが……

 袋の中にカードらしきものが入っていた。そこには『生で食べないでください』と書かれていた。


「米を生で食べる奴がいると思ってんのか……」


「しょうがないですよ、滅多に食べられませんし」


 昔は主食の座をパンと争っていたとは聞く、今ではどちらもすっかり貴重品だ。一応固形食料をパンと呼んでもいいのかもしれないが、アレがパンというのなら水を酒と言うくらいには無理があると思う。


「お兄ちゃんは炊き方知ってますか?」


「いや、米を食べた時はいつも誰かが炊いたものをもらってたな」


 児童院を出てから米を口にした記憶は無い。もしかすれば食べていたのかもしれないが記憶の中に沈んでしまったのかさっぱり覚えがない。


「誰か調理機を持ってないですかね?」


「無理だろ、米専用の調理器具なんて生産されるわけがない。そんな使い道のない物を作る暇があったら他のものを生産するだろ」


 実際、フライパンや鍋といったものは割と普及している。汎用的な調理器具は普及しているが、特定の何かそれ以外作れないものは生産ラインを他のものにとられたらしい。


「鍋で炊くしかないな……」


「炊き方の案内はないんですか?」


「無いな……」


 気まずい空気になる。まさか調理できないものが出てくるとは思わなかった。


「とりあえず鍋と水ですね……」


「そうだな、最低限それがいるのは知ってる」


 鍋に水を張ってヒーターに置く。そこで俺もリリーも固まった。


「水加減とか……あるんですかね?」


「俺に聞くなよ……そもそも沸騰させてから入れるのか冷たいところから入れるのかも知らねーよ……」


「じゃあお兄ちゃん、沸騰したものに入れてみましょうか」


「何か根拠があるのか?」


「ふっふっふ、インスタント食品を時々手に入れている私からすれば加熱が必要な物は沸騰した水を入れるのが常識なんですよ!」


 おぉう……なんと頼りになる経験則だろう。俺は配給でもらったものばかり食べていたのでそんな知識は無いぞ!


 早速沸騰した鍋の中に米を袋から注ぎ込む。


「それで、どのくらい炊けば良いんだ?」


「そうですね……それについては知りませんが……こうすれば良いんです!」


 そう言ってリリーはお玉を鍋に突っ込んで炊いている米をすくい取って数粒口に入れて食べている。


「まだちょっと固いですね……」


 そうしてしばらく経った頃、リリーはようやく食べられると言った。


 シンクにざるを置いてその中に鍋の中身を流し込む。炊き上がった米が湯気を立てながら残った。


「じゃあ食べましょうか!」


「そうだな」


 ご飯を二等分して茶碗に入れて二人で食事にした。


「……」


「……」


 俺は薄々思っていることを口にする。


「炊き方……間違えてないか?」


 ビクッとリリーが震える。


「いや、別に責めているわけじゃ無いんだけど、児童院で出たものは違ったなと思って」


「だって! インスタント麺はこれでいけたんですよ! いけると思うじゃないですか!」


「うん、次からはちゃんと調べような?」


「はい……」


 しゅんとするリリーに俺は言った。


「まあこれでも固形食料よりは随分と美味しいがな」


 これは本心だ、マジで味の無いアレよりは甘みのようなものを感じられるだけ圧倒的にこちらの方が良い。


「そうですね、アレよりはマシですよね!」


 リリーも機嫌を直して米をスプーンですくいながら二人で食べたのだった。


 なお、その後放送で『次回からはレンジで調理可能な状態にして配布します』と流れた。よほど失敗した人が多いんだろうなと思ったのだった。

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