エアコンのメンテナンス
『本日よりシステムの空調のメンテナンスを実施させていただきます、一時気温の下がることがありますがご理解ください』
そんなアナウンスがスピーカーから配信される。そうか、もうそんな時期か……
エアコンの定期メンテナンス、かつての時代では存在しなかったらしいものだ。以前はフィルターを交換する時に外気を直接吸いこんでいたらしい。
前時代では自然の空気というものをそのまま短時間吸いこむくらいなら問題が無かったらしい。もちろん今の放射能に汚染された外気を吸いこむわけにはいかないのでフィルター交換時は空調がストップする。
「お兄ちゃん、空調のメンテは久しぶりですね」
「そうだな、大戦前の機械でメンテが要るものも少ないしな」
前時代の遺物に縋って生きている人類にとって聖書にも等しいマニュアルに、定期的にフィルターの交換が必要と書かれていたのでしょうがない。いくらフィルターを大量生産できるにしても交換のための人手は足りない。
「属人的な機械はいやですねえ……」
リリーがうんざりしたように言う。まあ機械が作られた時代は外気が綺麗であり、外気の侵入を許すことが人命に関わらなかった時代だ。
「恨むなら核戦争を始めた奴を恨んでくれ」
世の中諦めが肝心だ。人類の時代は地上では終わってしまっている。原生的な生物がいくらか存在できているのみだ。
「さて、フィルター掃除となると寒くなるな……」
「そうなんですか?」
「ああ、核爆発で出来た粉塵で地上は常時冬だよ。普段は電力で温めてるから気になんないんだけどな」
核の冬、現在の地表は酷い有様だ。地下には幸い電力で熱を生み出す施設があるが、地上のドーム外は生物がろくに存在できなくなっている。まあ一部化け物のような生き物が適応して生きているらしいが……
「しかし、空調はメンテナンスが必要なんですね、大戦前の機械はほとんどメンテナンスフリーだと聞いたんですが」
「消耗品はどうしようもないだろうな。大戦前だって鉛筆は使えば短くなったし、タイヤは走れば溝が減っていたらしいからな」
難儀なものだが、人が生きるためにはしょうがない、サボって停止なんて事になれば目も当てられないからな。俺たちは人間の残した宿題を最後の最後でやらされている役目を負っていると言っていた人もいた。今までの積み重ねの上にいられると言うことは幸福なことだが時折日光が恋しくなってしまう。
愚痴ってたってしょうがないか……
「リリー、布団を出すぞ」
「お布団?」
「ああ、全フィルターの交換までにいくらか冷えるからな。こういうときは寝るに限るよ」
「堕落した人間の生活ですね」
「前時代の連中が働き過ぎだったんだよ」
まったくもって面倒な世界だよ……
人間らしい生活が恋しいかと言われれば分からないとしか言えない。経験したことの無いものがいいものか悪いものかの判断なんてものはつかない。
そんなことを考えていると小さく響いていた空調の音が止まった。全フィルターの交換まで十二時間といったところだろうか。
「じゃあお休み、俺は寝る、温かくなったら起こしてくれ」
ソファに寝そべり布団を被って冬眠態勢に入る。冬も夏も今では無い概念だがあまり人間に優しくはなかったのだろうと予想は付く。まったくもって人間というのは生きるのが大変な生き物だ。
布団を被っていると隣でガサゴソと音がした。気になって首を出して隣を見てみるとリリーが布団を敷いてその上に横になり布団を被っていた。
「なんだ、結局お前も寝るんじゃ無いか」
俺が苦笑しながらそう言うとリリーは笑いながら言う。
「多分遺伝って奴なんでしょうね」
なるほど、冬眠する人の血筋か……そんなくだらないことを考えるとなんだか笑えてしまう。
両親がどう過ごしていたのかは知らないが、俺はどこかで確かに妹と同じ血が流れているのだろう、理論ではなく感覚でそう思った。
「お兄ちゃん! なんだか合宿っていうんですかね? そんな感じでワクワクしますね!」
「日常の中でそういうことがあると楽しいのかもな……こういう合宿は求めてないんだよ」
日常とは一体……まあそんなものはとっくの昔になくなっている。合宿という人間が集団で生活するのに必要な行為は滅多なことでは行われない。
人間が集まったせいで大戦が起こったと言われている。それの真偽は不明だが、人間が少なくなってから紛争の類が無くなった、人間が危機的状況になったから団結したのだと言う人もいる。結局人間は追い込まれるまで本気を出さない生物と言うことの証拠だろう。
そんなことを考えていると、外の気温が下がりつつあるようだ。気密性の高い室内との温度差で窓が曇ってきた。
冷えるのがいやなので体を全部布団で覆ってしまうことにした。
「……お兄ちゃん……」
「なんだ?」
俺は布団から出ること無くリリーに聞く。
「このまま死んじゃうかもしれませんね……」
「俺たちには自由に死ぬ権利すらないんだぞ? 知ってるだろう?」
現代において人間は死ぬことが許されない。どんな手段を持ってしても延命しろと言われ、どうしようも無くなったときにしょうがなく死ぬだけだ。
「自由ですか……私たちが生きている間に自由って手に入りますかね?」
俺は少し考えてから答える。
「それは次世代に任せるよ、俺たちの世代からの宿題だ」
そう言うとリリーがクスクス笑いながら言う。
「お兄ちゃんは先の世代に押しつけるのが好きですねえ……自分に押しつけられたのをあんなに恨んでたのに」
「知らないのか?」
「え!?」
「人が嫌がることは進んでやれと昔の人たちは言ってたらしい」
「それ、絶対意味が違うと思いますよ?」
「だとしても、俺は世界をどうにかできるほど立派な人間じゃないさ」
「そうですね、お兄ちゃんは私の兄をやるので精一杯ですもんね」
「分かってるならもうちょっと慎ましくなって欲しいんだがな……」
「……私は……お兄ちゃんに構って……」
何かを言っているようだが結局布団越しにはささやき声が聞こえることはなかった。
日をまたいだ頃にようやく空調が復旧し、気温が上がってきた頃に布団を出るとリリーはよく寝ていた。俺は結局コイツが何を言っていたのかはさっぱり分からず、闇の中へと消えていったのだった。




