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ワカメ(つよい)

 本日はリリーがテンションの高い日、そう、配給日だ。今回の配給について、運営から特に通知はないが何故かみんな食べ物をもらえたと言っていた、もちろん食べ物というのは合成食料を含まない天然のものだ。


「お兄ちゃん! 楽しみですね!」


 妹はそんなことを言っているが不思議なことがあった。何が配給されたかということについては決して喋らなかった。


 まともな食べ物が配布されたならば誰だって浮かれるはずだ。噂にならない方がおかしい、美味しいにせよ不味いにせよ乾燥くらい出てくるものだ。だから何故配給に天然物が入るというのに話が出てこないのか?


 そんなことを考えながら配給所に並んでいた、隣でワクワクを隠せないリリーが貧乏揺すりをしている。コイツは運営に希望を抱きすぎだと言ってやりたい。


「はい、次は昴さんとリリーさんですね、身体スキャンをお願いします」


 言われるがまま検査室に入る。いつも通りに光線が俺の身体をスキャンする、何故かいつもより時間がかかっていたような気がする。


 ルームから出ると配給係が俺たちに配給を渡してくる、特別配給かと思ったのだがいつも通りの袋しか渡されなかった。しかし、いつもの袋が重くなっているような気がする。


 興味津々にリリーが俺の方を見て問いかけてきた。


「お兄ちゃん、何か良いものは入ってそうですか?」


「わからん……分からないんだが……」


「どうしたんです?」


「いつもより重いような気がする」


「私に持たせてください!」


 そう言って俺から袋をひったくった。そして封をしたままためつすがめつして満足げに俺に返した。


「期待できそうですね! 早く帰りましょう!」


 パタパタと走って行くので俺もそれにつられて足早に自宅へと歩いていった。


 いつも通りドアをくぐり部屋に着くとリリーは袋をビリビリと引き裂いた。中には『冷蔵してください』と書かれた微妙にずっしりとする袋が入っていた。それを見てリリーは歓声を上げる。


「お兄ちゃん! 生ものですよ! 何年ぶりですかね?」


「冷蔵ってだけで生ものかどうかは……」


「まあ良いじゃないですか! 冷やしておきましょう!」


 俺は袋を冷蔵庫に入れる、袋が遮光性を持ったものになっており、中身が見えないことを奇妙に思った。


 そうしてお昼はまだ袋が常温と言うことでいつも通りの食事となった。夕方――もっとも日が暮れる様子など見えないのだが――になるとソワソワし始めるリリー。


「お兄ちゃん! そろそろ開けましょうか!?」


「焦るなよ、まあ開けても良いんじゃないか!」


「ヨシ! これで勝つる!」


 そんなことを言いながら冷蔵庫を開けるリリー。中に一つしか入っていない袋を開けて中を覗く……ふと、動きが止まった。中をじーっと見て固まっている。お望みのものではなかったのか、予想外のものが入っていたのか、どちらにせよ期待ははずれたと言うことを察することが出来た。


「なんだったー?」


 俺はやる気のない声で問いかける。リリーはこちらに袋の空け口を開いて見せた。そこには真っ黒いものがみっしり詰まっていた。そこになにか白い切れ端のようなものが見えた。


「なんだこれ?」


 見たところ内容物は海藻のようだがなぜビニール袋が入っているんだ? 俺はそれをとりだして水でネバネバを流して見る。文字の書かれたカードが透明なフィルムに包まれたものだった。


「なんですかそれ?」


「なんだろうな? 読んでみるか、なになに……」


『市民の皆様、今回は地上の海洋調査で手に入ったワカメを差し上げます。こちらですが天敵が消えたことにより海中に大量に発生したため定期的な処分が決定しました。破棄するのは環境との兼ね合いにより避けました。そこで我々は皆様への還元を……』


 全部読む前にリリーがそれを引きちぎって捨てた。


「ワカメて……もうちょいマシな物は配給できないんでしょうか?」


「まあワカメって結構たくましいらしいしな……」


 現在の地上環境で海中に存在できるだけでもすごいことだ。陸上生物は一部地下に連れてこられたものを除き、微小な生物以外存在していない。海中ではちゃんと環境が多少は良くなっていることに感激した。


「で、これってどうやって食べればいいんです?」


「焼くかゆでるくらいしか選択肢は無いだろ?」


 ワカメはお酢とも相性がいいらしいが残念ながらそんなものは無い、簡単に手に入るのが海中に存在している塩とそれを除去した水くらいだった。


「じゃあ茹でてみますか……」


 水を沸騰させてその中にワカメを放り込むと鮮やかな緑色に変わった。味がするかは不明だが、食感くらいは少なくとも違うだろう。


 ザルに揚げて皿に盛る。もちろんトッピングや調味料などと言う豪勢なものは存在しない。


「さて、食べるか」


「いただきまーす」


 口の中にワカメを放り込む。味こそ薄いものの僅かなしょっぱさとかみ応えのある食感があった。俺たちはそれを熱心に食べ、久しぶりに生き物らしく合成でない物を食べることが出来た。ずっと続けられるかと言えば無理だろうが久しぶりに味と食感のあるものを食べたので満足したのだった。

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