表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/104

妹とカメラ

「お兄ちゃん! これを見てください! てっててー!」


 謎の音と共にリリーはポケットからソレをとりだした。それは見たところカメラ以外の何ものにも見えなかった。


「カメラか?」


「そうです! インスタントですがね!」


 テンションも高くそう言うリリー。カメラなんてありふれたものをもったいぶって取り出すようなことをするだろうか?


「カメラか……何を撮る気だ?」


 リリーはちっちっちと指を振る。


「『インスタント』カメラですよ! 印刷するときに運営の手を煩わせる必要がないんですよ!」


 なるほど、印刷するために運営の印刷所に持って行くと間違いなくデータを検閲される。後ろ暗い写真がないとしても検閲は気分の良いものではない。その点、特別の設備無しでフィルムさえ手に入れば印刷できるカメラというものには需要があるのだろう。


「ソレで何を撮る気なんだ? インスタントカメラなんて反権力のジャーナリストくらいしかもってないだろう」


 一応需要はある、もっとも反政府組織が印刷物に使う程度のものではあるのだが……


 しかしカメラ単品というものは久しぶりに見た。アレを最後に見たのはは児童院の卒業時の撮影だろうか、とにかく自分用のコンピュータに付属しているカメラやディスプレイに付加機能として付いているものはあったが、カメラ機能しか無いカメラというのは専門職でもなければ持っていない。


「もちろんお兄ちゃんの盗撮ですよ?」


「宣言するようなことじゃねえだろ……」


 まさかの盗撮宣言だった。呆れてものも言えない、盗撮というのはこっそりやるものじゃないのだろうか、そんなことを考えたが、大戦前には見せしめに暗殺するというようなことも行われていたらしいので文字通りに受け取るのがいけないことなのかもしれない。


 その日、水を飲んでいるとき、固形食料を食べているとき、ディスプレイでニュースを見ているときなど様々なところでシャッター音を聞いた。気が散るのでやめて欲しいとは思うのだが、これについては害がないので見て見ぬ振りをすることに決めた。


 そう決めると気が晴れて、カシャカシャ音をコンピュータに付いている冷却ファンのノイズ程度にしか感じなくなった。


 しかしその日部屋に戻って寝るとき、音が途切れたときはなんだかあるべきものが欠けたような不思議な気持ちになった。


 もっとも、その日は隣の部屋から『ふひひ』とか『ハァハァ』といった不穏な言葉が壁を伝わって響いてきてなんとも言えない気分になったのだが……


 そうして悶々とした夜を過ごしたあと、翌朝起きるとリリーは非常に眠そうにしていた。


「眠そうだな」


 俺が何気なく問いかけるとリリーは顔を赤らめた。


「お兄ちゃん! そういうことを言うのはセクハラですよ!」


「今の質問のどこにセクハラ要素があったのかは知らんが大体分かった」


 世の中知らない方がいいこともある。何事も確定するまでは可能性でしかないのだから、都合の悪い結果を確定させる必要はない、曖昧なままにしておくべきだろう。


「ところでリリー、食べないのか?」


「実は写真の印刷紙一枚が固形食料一つなので……」


 俺は呆れたのだが、コイツに何も食べさせないわけにもいかないので自分の分をポキリと半分に割ってリリーに渡した。


「無茶はするなといっても聞かないんだろうがな……せめて食事くらいはしてくれ」


 別にコイツが何を買おうが構わないのだが、その代償が健康というのはあまりにも重すぎる。さすがに俺の好意は否定できないらしく固形食料を囓っていた。美味しくはなくても腹は満たされる。死なない程度には食べて欲しいものだ。


「お兄ちゃん、ありがとうございます」


「気にすんな」


 そう言って固形食料のブロックを口に押し込み水で流した。


 そしてふぅと一息ついたところでカシャリと音がした。リリーの方を見ると微笑みながらカメラを持っている。俺の写真など見て何が楽しいのだろうという根本的な疑問には答えがさっぱり見えなかった。


 食後、リリーに写真は上手く撮れたのかと聞いた。以前にデジタルデータではないタイプの写真は撮影が上手くいかないことがあると聞いた事がある。


「大丈夫ですよ! 今のところノーミスです! 私は天才ですからね! その程度のこと失敗したりはしませんよ!」


 ドヤ顔をするリリーに、確かに腕前だけはあるんだよなと思った。才能は平等に与えられないものだが、コイツは少々生まれる前に欲張ったのだろう、たくさんの才能を持っていた。


「ところでリリー、そんなに写真にかかりきりになって楽しくないんじゃないか?」


 リリーは何を言ってるんだろうという顔をする。


「お兄ちゃん、私はお兄ちゃんがいれば大体満足するんですから他のことは大抵我慢できるんですよ」


 説き伏せるように語るリリーに俺は何も言い返すことができなかった。結局、自分の欲望にはどこまでも忠実なリリーだ。本人が満足しているのだからいいだろう。


 結局、リリーは食事を多少減らしてでも印刷用紙を買おうとするために、俺はしばらくリリーに固形食料を融通する羽目になったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ