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無味無臭のグルメ

「まーずーいー!!」


 そうリリーが愚痴る。うるさいな……俺だって不味いと思いながら食ってるんだよ。


 俺は固形食料をモソモソ囓りながら愚痴を右から左へと聞き流す。食糧事情に対する文句を俺に言われても困る。地上が終わっている時点でまともな食料はほぼ無い。


「ねえお兄ちゃん、美味しいご飯が食べたいです!」


「……」


「お兄ちゃん! 聞いてくださいよ! 何を可愛い妹のお願いを聞き流してるんですか!?」


「はいはいかわいいかわいい」


「雑ですよ!」


「だったらわかりきった事への愚痴はやめてくれないか?」


「お兄ちゃんだって不味いと思ってるんじゃないですか……」


 不味いからといって口に出すと余計不味くなるからやめろと言っているんだよ。つーかマジで不味いな、大戦前に真剣に考慮されていた昆虫食の方がマシかもしれない。


「そうだ! お兄ちゃん、料理をしましょう!」


 唐突にそんなことを提案した妹に俺は身も蓋もないことを言う。


「材料がないだろ」


 砂糖はなく、塩は純粋な塩化ナトリウムの塊としては手に入るが、市民の健康を考慮して配布量は制限されている。その他のお酢や醤油やソースなどは論外レベルで手に入らない、そして何より肉も魚も野菜もない。


「お兄ちゃん、足らぬ足らぬは工夫が足らぬって言葉があるんですよ?」


「戦前の言葉じゃねえか……」


 昔の世界が混乱に陥っていたときにそんな言葉が流布されたと習ったが、その時代でも現代よりは楽しかったのだろう。


 世界が滅んで幾年月、今更在りし日の言葉を持ち出されても同意は出来ない。


「で、工夫とやらで材料の調達がどうにかなるのかよ?」


 リリーはドンと胸を叩いて答える。どうでもいいけどコイツの胸は薄いな……


「お兄ちゃん……邪な視線を感じるのですが……具体的に言うと私の胸部に対する」


「話は聞いてやるが変なところだけ鋭くなるんじゃない」


「コホン……まあいいでしょう、材料ならここにたっぷりあるじゃないですか!」


 そう言ってリリーが指さしたのは配給品のたまっている箱だった。


「アレを材料にしてもまともな物ができる気がしないんだが……」


「頭が固いですね、クソまずゼリードリンクと固形食料だって調理方法次第では美味しくなるかもしれないんですよ?」


 無理だろ、という言葉が喉まで出かかって引っ込めた。失敗してもそれほど痛くない材料なのでもう好きにさせた方がいいんじゃないだろうか?


「一応言っておくが、配給食は好きなだけ使っていいが調味料はほとんど無いから使うなよ?」


 ぐぬぬ……と唸るリリー。調味料は貴重なんだから当たり前だろうが、というか無味無臭のものに調味料を使ったら調味料の味しかしねーだろうが。


「ケチ! お兄ちゃんはケチですよ!」


「うっさいな……じゃあどんな料理をしようと思ったんだよ?」


「それは……フライド固形食料に塩をかけて食べるとか……」


「うん、塩なしでやってみれば?」


 なんと現在は食用油に鉱物油を使っている、評判はすこぶる悪いが身体に悪い成分はちゃんと除去されている。


「じゃあいっちょ作ってみますかね……」


「まあ頑張れよ」


 リリーは油を鍋に注ぎ、電熱ヒーターを使う。技術の進化であっという間に適正温度になる、それは良いのだがいくら調理が楽になろうと食品がなければ何の意味も無い。


 ポトンと固形食料を入れて揚げていく、いい匂いはまったくしない。油の匂いは取り去ってあるが、だからこそ油でさえも無味無臭だった。


 ジジジジと水分の無いものを揚げるときの音がする。食欲を誘う匂いなどと言うものは微塵も感じられなかった。


 その音が止んだ、どうやら揚げ終わったようだ。油をまとめて排水口に流し込んでフライド固形食料を俺の目の前に出す。油を下水道に直接流せる浄水設備に感謝しつつソレをどうしたものかと眺める。


「じゃあお兄ちゃん! 食べましょう!」


「なんで当たり前のように俺が食べることになってるの!?」


「一蓮托生ってやつですね!」


 そんなことを笑顔で言うリリー。明らかに食欲をそそらない匂いしかしない。植物油だった時代は油の味がしたそうだが、現在の鉱物油ベースの油だと一切食品に残らず油っぽさの欠片も無い。


「しょうがないなあ……」


 俺たちは二本の固形食料を一本ずつとってまだ熱さの残るものを口に入れてみた。


「……」


「……」


「味がしない、油の味さえしないな……」


「はぁ……いけると思ったんですがねえ……」


「まあなんだ……食べられるだけで御の字だと思うぞ?」


「お兄ちゃんは期待値が低いですねえ」


 そしていつもの味がしないものをちょっと温めただけの揚げ物を食べて、やっぱり食料というものが不足していることを深く理解させられるのだった。

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