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海賊ラジオ

 いつもの様にリリーが壊れた機械を持ち帰ってきた。いつものことなのでもはや驚きもしない。しかし気になるのは動きそうなものが無く、全部壊れてしまっているように見えることだった。


 俺は白湯をすすりながら何をする気だろうかと考える。パーツ取りでもするのだろうか?


 もう一度白湯をすすってから味がしないことに飽き飽きしてリリーに質問した。


「なあ、何をやってるんだ?」


 顔を上げてこちらににっこりとした笑顔を向けてくる。


「ふふふ……よくぞ聞いてくれました! 最近ラジオ局が開局したと聞きましてね」


「ラジオって……地下じゃ聞こえないだろ?」


 ラジオは電波で放送を流す。地上なら電離圏に反射する電波もトンネルの壁では反射しない。


「そこで、海賊ラジオ局を流している人たちは簡易アンテナを製作してそれを有志がリレーしているわけですね」


「みんな退屈しているんだな……」


 リリーは俺を眺めて一言言う。


「お兄ちゃんも大概暇そうじゃないですか?」


 実際、ただの白湯を飲んでいるだけなので暇なのはその通りだ。ラジオ回線はなくなってから久しいが、それに伴って電波法もうやむやになってしまった。個人で配信をするにはネットワークという手もあるが、そちらは見事に検閲済みだ。


「しかし……違法ラジオ局なんてやってる奴がいるんだな……」


 文化的なものが無くなって久しいが、この時代にラジオが聴けるというのは半信半疑だった。この時代にラジオとは随分と刺激的なことだ。


「で、ラジオをそのガラクタから作ろうとしているわけか?」


「そうですよ、コイルは作りましたし、ダイオードも引っこ抜きましたしね。あとはアースをとればラジオが聴けますよ」


 そう言われると俺も少し興味が出てきた。文化的なものに触れるのは楽しい、それが違法なものであれ合法なものであれ、だ。まあ違法ラジオ局を警察が取り締まるほど人的リソースを持っているとは思えないしな。


 リリーが水道に導線を巻き付けて『出来ました!』と宣言した。


 妙な形をしたイヤホンを耳にあてて聞きふけっている。その笑顔がきちんと受信できていることの証拠だ。


「リリー、俺にも聞かせてくれるか?」


「いいですよ、はい」


 そう言って俺の耳にイヤホンをはめる。


『皆さんに好評のパイレートウェーブですが今日は大戦前の名曲を披露します! いくぞー!』


 そこからノリのいいポップスが流れてきた。自由恋愛を歌うという、現在では禁止されている曲が当たり前のように流れてくる。一曲聴いてリリーにイヤホンを返した。


「すごいな……」


「でしょう!」


 ドヤ顔のリリーだがドヤ顔をするだけの権利はあるだろう。昔の音楽にはもっと多様性があったという噂は本当なのだなと思った。願わくばこの放送をしている人たちの持っているデータが奪われませんように……


「ねえねえお兄ちゃん! なんでも最近、データを送れば電波化する部分はやってくれる業者もあるらしいですよ! 夢が広がりますね!」


「俺は配信側には回らないからな?」


「お兄ちゃんのケチ……」


「まあいいです、お兄ちゃん、明日をお楽しみにしててくださいね?」


 そう言って自室へラジオ一式を持って行った。俺はまた何かやる気なのだろうなとは思ったがそれについて考えるのが億劫になってしまい、寝ることにした。


 そうしてベッドに入ったのだが隣の部屋から工作の音が響いてくるのは勘弁して欲しかった。突然大音量のバーンとかキーンというハウリング音が響いてきてロクに眠れなかった。


 夜が明けて――もっとも地下に夜明けという概念があるかどうかはともかく――リビングに行くと黒い箱が部屋の隅にあるカラーボックスの上に置いてあった。


 テーブルにはご機嫌な顔をしたリリーがいる。あれを置いたのは間違いなくコイツだ。


「なあリリー……」


「おっとお兄ちゃんはあの箱が気になってしょうがないようですね! 説明しよう! これは……」


「スピーカーだろ?」


 そう、あの見えている部分から推測するにスピーカー以外の何でもなかった。


「違いますよ! ラジオですよ、ら・じ・お! なんとトランジスタを回収できたのでスピーカーで聴けるのです!」


「へえ、電磁パルスを生き残った半導体が手に入ったのか」


 トランジスタを代表とする半導体は核兵器の電磁パルスで死んだものがほとんどだと聞いていたが、生き残りがジャンクに入っていたとは驚きだ。


「そうなんですよ! なんでも地下に置いてあったレア物らしいですよ」


 俺は自由があった時代に思いを馳せる。退屈はしなかったのだろうなと思う。生きるのには多少苦労したのかもしれないが……


『さあ本日放送するナンバーは……』


 前時代のポップソングと言われるものが流れた。大戦直前には軍歌が流行ったらしいがそんなものを流すと恐ろしいことになりかねないので、危険の一歩手前で踏みとどまる程度のモラルはあるようだ。


 ノリのいい曲のあとはしっとりとしたラブソングだった。失恋の概念が無いこの時代に失恋とはどういうものかよく分からないが、なんだか切ないものなのだろうということは曲調から予想できた。


「どうですか! これで毎日に彩りが出るでしょう! 音楽を聴いていれば固形食料だって……」


「いやこれは不味い」


 どれだけいい曲をかけていようと食べ物の味は変わらない。残念ながら固形食料はどこまでも味がしなかった。


「お兄ちゃんはノリってものが理解できないんですかねえ……心が浮つけば存在しないはずの味だって浮かび上がってくるでしょう!」


「無いもんは無いんだよ」


 俺はリリーの意見をバッサリ切り捨てる。耳が楽しいのと舌に感じる味はまったく別の問題だ。俺は不味いものは不味いと言える人間なのだ。


 ラジオに耳をやると曲へのお便りコーナーになっていた。もちろん電子的な手段で送ったのだろうがラジオのためにここまで手段を選ばないのはすごいことだ。


 結構な数のお便りが届いたらしく全部を紹介していた。幸い公式ラジオがないので尺はいくらでも手に入った。お便りコーナーを引き延ばしてからお悩み相談が始まった。このラジオで悩みを相談しても行動に移したらバレバレだと思うのだがそこは人のサガらしく、様々なお悩みがパーソナリティに相談されていた。


 やはり時代が時代なので人間関係の問題はほとんど無いのが特徴だろうか? それとも昔からこんな感じなのだろうか?


 その日はラジオを聞いて楽しめたのだが、後日、ラジオの需要が高まってまだ生きている半導体の需要が闇市場で非常に高くなった。リリーは売り払うのかと思ったのだが意外とそんなことをせず部屋の隅にラジオが鎮座し続けることになったのだった。

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