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原始的電子ゲーム

 俺はやることが無い昼間を『健全な』動画を見ることに費やしていた。まあ退屈な動画なのだがこの時代に娯楽というのはほぼ無いので諦めている。これの他に流れているストリーミングと言えばせいぜい人口の増減比を速報にしている番組くらいだ。ただの数字の上下に一喜一憂しないといけないのか。


「お兄ちゃん、退屈なんですけど」


 隣で退屈そうにしているリリーに「ボードゲームでもするか?」と聞いてみるが「最近マンネリなんですよねえ」というわけで却下された。


 俺はディスプレイの電源を切り、リリーに向き合う。


「じゃあ一体何をやりたいんだ?」


 リリーは少し考えてから答える。


「退屈じゃないことですかね、例えば運営が厳しく取り締まってることとかね」


 チキンレースに付き合う趣味は無い。いつものことだが運営の決めた基準でアウトのラインを平然と飛び越えるこの感覚は理解できない。


「お兄ちゃんは退屈だと思わないんですか?」


「そりゃ思うよ、でも一応二人で暮らしてるだけでそれなりに満足だしな」


「お兄ちゃんは急にデレないでもらえます? 反応に困るんですよ!」


 理不尽な怒られ方をしてしまった。退屈なのはしょうがないことだが、少なくともリリーと一緒にいられるとそれなりに楽しい。まあスリルを超えてアウトなことも平気でするので気が休まらないのだが……


「だってこの時代に楽しい事なんてほとんど無いじゃん? だからこそ、お前がいるだけでも少し楽しいんだよ」


「はぁ……しょうがないですね……ちょっと出かけてきますのでお兄ちゃんは楽しみにしていてくださいね?」


「ああ、規則違反しない程度で退屈しないものを頼むよ」


 コイツは平気で闇市に出かけるからな。しかもきわどい品を持って帰ってくる。そのための資金――もちろん現金ではない――をどこから出しているのかも謎だった。


 リリーが出かけたので俺は急に退屈になった。暇なのでとっておきの紅茶でも出そうかと思ったが、やはり二人で飲む方が美味しく思えそうだったのでやめておいた。


 退廃的な世の中でたった一人になるととことんだらけてしまう。誰も見ていないとついついやる気が無くなる。一人というのはまったくつまらないものだ、少なくともリリーがいればさっぱり退屈しないというのは確かだ。


「アイスコーヒーでも淹れておくか……」


 コーヒーメーカーに秘蔵の豆と水をセットしてドリップを始める。ポタポタと黒い液体が垂れていくのを眺めながら冷蔵庫に氷がストックされていることを確認する。それなりに量があるので都合がいい。


 コーヒーのドリップが終わったのでサーバーを冷蔵庫の方に持って行き半分ほどまで入っているコーヒーになみなみと溢れるギリギリまで氷を継ぎ足す。それを冷蔵庫に入れてアイスコーヒーの完成だ。


 そうしてアイスコーヒーが冷えた頃にリリーは帰ってきた。何故か細長い箱のようなものを抱えてから……


「またなんか買ってきたのか? 目立つようなことはやめろよ?」


「ええ、今日のこれについてはまったく関係無いものですよ!」


 そう言って包みを開けると箱状の機械とガラスで出来た口の無い瓶のようなものが出てきた。


「なんだこれ?」


 さすがの俺もこんなものは知らなかった。よく分からない機械であろう事は予想が付いたが、何をするためのものなのかは不明だった。


「これ、どうやって使うんだ?」


「ふっふっふ! リリーちゃんの解説タイムといきましょうか!」


 そう言ってドヤ顔をするリリーに俺は使い方を聞きながらコーヒーを飲もうと提案すると喜んで飲むと言う。そこで冷蔵庫からコーヒーを取りだして二つのカップに注いだ。


「さて、飲みながら使い方を聞こうか」


「いいでしょう、では頂きます」


 そうしてリリーの使い方解説が始まった。


「まずアレの片方はオシロスコープです」


「オシロスコープ?」


「電気の流れを見るものですけど、まあ今回は遊ぶために使います」


「そんなもので遊べるのか?」


「ええ、こちらの機械で電気を制御してテニスゲームが出来ます!」


「本当か?」


 お世辞にも大きいとは思えないし、機械の箱は確かにそれなりに大きいがどこか大戦前の設計を思い起こさせる見た目をしている。そんなにも昔からゲームがあったのだろうか?


「ええ、コーヒーを飲んだらセットアップをしましょうか、ちなみにこのゲームはレアですけどまったくもって合法な品です。シナリオなんてものが無いので人は死なないですし、争いの種になることもありません」


 ほほう……


「じゃあなんでもっと流行らないんだ?」


「まあ……やってみれば分かりますよ……」


 なんだか酷く歯切れが悪そうに言うリリー。俺はコーヒーをまとめて飲み干して機械に向きなおる。リリーは箱から配線を古式ゆかしいガラス管に接続している。大戦前の時点にしてもまだ古いといわれたであろうガラス管に配線を繋いでいく様を眺めながら手際の良さに感心する。


 アイツは修理屋で食っていけるんじゃないだろうか? まあ大抵のものが修理するより新しいのをもらった方が早いので、あえて修理を選択する意味も無いのだが……


「さて、これでいいですかね! お兄ちゃん、勝負しましょう!」


 そう言ってボタンが二つ付いたコントローラーを俺に手渡す。


 リリーがスイッチを入れると光点が右から左に動いていく。


「お兄ちゃん、打ち返してくださいよ」


「え!? ああ、このボタンか?」


 パシュッと言う音と共に光点が反対方向に動いていった。どうやらボタンを押すタイミングで軌道が変化するようだ。


 パシッ


 パシッ


 パシッ


「なあリリー……これが流行らない理由なんだけどさ……」


「みなまで言わないでくださいよ」


「これ、面白くない……」


 ボタンを押してボールの役目をしている光点を動かすだけ。正直言って面白くない。


「このレトロ感を楽しんでくださいよ」


 こうしてリリーと電子テニスをしばらくの間プレイして、結局その箱は奥の方にしまわれてしまったのだった。

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