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指輪はサービスです

『現在採掘機械から銀の採掘が進んでおります。市民の皆様への還元としてご希望の方へ結婚指輪をプレゼントします、皆様ふるってご応募ください』


 スピーカーからそんな公式放送が流れる。隣でリリーがとても嬉しそうにしていた。


「お兄ちゃん! 聞きましたか! 結婚指輪ですよ! 夢が広がりますね!」


 夢……広がるだろうか? 誰も彼もが結婚して、ソレが当たり前の世の中でことさら結婚を主張する意味も感じないのだが、リリーの言うところの『ロマン』というものがあるのだろう。俺にはさっぱり分からないがな。


「指輪がそんなに憧れか?」


 リリーは頷きながら言う。


「当然でしょう! お兄ちゃんとおそろいで一生を添い遂げる覚悟を示すものですよ! 欲しいに決まってるじゃないですか!」


「嬉しいか?」


「もちろん! 生きるためのモチベになりますよ!」


 大げさだなあ……しかしまあ、リリーと一緒に暮らし始めてそれなりに経つ。誰にアピールするでもないが思い出になるものをもらうのも悪くないかもしれない。


「たまにはいいか……」


 リリーの目がキラリと光った。


「よし! お兄ちゃんも賛成って事ですね! 早速申請用に指のサイズを測りましょうか!」



「いきなりすぎないか? もう少し考えても……」


 しかし妹は聞く様子がない。


「善は急げって言うでしょう! はい、カメラを用意したので手のひらを写してください、スキャンしますから」


 写真用のカメラだが、OSが前時代になんにでも使えるものを使用していたため、カメラが汎用的に使えてしまう。こういったサイズを推測するときなどには非常に便利だ。


 俺が手のひらを広げるとリリーがカメラで上下左右を写す。プログラムがスキャンをして適切なサイズを割り出す。ロストテクノロジーだがあまり使いどころの無いものだ、こんなところで役に立つと作った人は考えていたのだろうか?


 スキャンが終わったところでリリーがカメラを俺に手渡す。自分の分のスキャンをお願いしたいのだろう。


 カメラでぐるりと撮り終わると指輪のサイズが算出された。昔はこれも軍事用途に考えられたのだろうか? 今となっては何も分からないことだ。


「じゃあこれを……紙なんですね……」


 リリーが手続きの書類の欄を見て首をかしげた。


「なんにせよ指輪を渡すのに会う必要があるからな。書類で済ませた方がいいって考えなんだろ」


「物質転送の技術くらい作ってくれれば良かったんですがね、昔の人もこういった所に気が利きませんよね」


「それどころじゃなかったんだろう」


 世界の破滅がどうこうピンチ状態なのにそんな悠長な研究は出来なかったのだろう。人が地下で暮らすための技術と地上のドーム制作に必死になった結果だ。


「なんとも残念ですね……鉱山開発をやめなかったのは褒めてあげますけどね」


 地下鉱山は貴重な資源だが、貴金属の価値は暴落している。金の同位体が加速器によって作られてから、あっという間に希少性のみが価値の金属は一気に値を下げた。投資対象にしていた人たちには気の毒だが貴金属は珍しくなくなった。鉱山で採掘しているのも道楽的な理由に近い。


「お兄ちゃん、それじゃ計測結果を提出してきますね!」


「ああ、行ってくるといい」


 バタンとドアを開け、トンネルを届け出先の運営支所まで向かっていった。このご時世に貴金属の価値は無いが、まあリリーのいわんとするところは形式的な理由であって、気分の問題というものだろう。そういったものを否定はしない、役に立つものの方が好きではあるが、そこは価値観の差だろう。


 しばし白湯を飲んでいるとリリーが帰ってきた。嬉しそうにしている。なんと即日で持って帰ってきた。俺は少々驚いてから、よく考えたら指輪のサイズなんて連続的にサイズが決まっているわけではないのだから、作り終わっていたものを配布したのだろうと思い至った。


「はい、お兄ちゃんの分ですよ!」


 そう言って箱を一つ差し出してくる。俺はその黒い箱を受け取り、中を開けるとリングが二つ入っていた。大きい方を俺の薬指に付けるとサイズがぴったりはまってくれた。失われた技術である可塑性のある金属ではないはずなのに俺の指とちょうどサイズが同じなのは不思議に思えた。


 銀色に鈍く光る指輪は前時代の人類がたどり着いた技術を感じさせる魅力を持っていた。


「へへへ……おそろいですね!」


 俺の手を同じく薬指に指輪をはめたリリーの手が包む。心地よい暖かさが手のひらから伝わってくる。


「いいですよね、こういうおそろいって!」


「そうかもな」


 俺はその時の気持ちを何と言い表すべきか分からず曖昧に頷いた。婚姻関係にあるというのにリリーは夫婦ではなく恋人的なことから始めようとしていた。その時から少しでも進捗があったのだろうか?


 上手く言えない気持ちが心の中からリリーの手のひらに吸い取られていき、俺は心地よい安心感を味わったのだった。


 きっと昔からこういったものを幸せと呼んだのだろうな……その日の味気ない固形食料でさえ美味しく感じたので、婚姻関係を強制する社会というのもこの退廃的な社会では必要なのだろうなと思った。

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