スピーカーにコンシェルジュ機能がつきました
『スピーカーの新規機能実装を進めております、現在スピーカーがスケジュールを記憶でき、時間を計ったり、分からないことに答えてくれる機能を実装しています』
「まーた運営がくだらない思いつきをしたんですか……はぁ……」
「ため息をつくと幸せが逃げていくって昔は言われてたらしいぞ?」
「是非とも逃げるほどたくさんの幸せを頂きたいものですね」
運営のいつもの気まぐれ実装に適当に感想を漏らすリリー。連中が思いつきで行動しているんじゃないかとはもっぱらの噂だが、証拠がないので一応疑惑ですんでいた。
「コンシェルジュって何をやるんですかね?」
「電子回覧板で回ってきてたが、スピーカーに命令すると家電の操作なんかが出来るようになるらしい」
リリーは『うげぇ』という顔をして露骨に嫌な顔をする。
「それって監視宣言じゃないですか? よくオーケーが出ましたね」
自宅というプライベートな空間に監視装置を持ち込むことは良くない。しかしスピーカーは電話も兼ねているので、送信機能はしっかりと有った。
「どこで聞かれるか分かったもんじゃないですね」
リリーは吐き捨てるように言う。まあ最近運営がロストテクノロジーでも見つけたのだろうかと思える勢いで新機能の開発をやっている、正直とっても怪しい。
「一応スピーカーにも不在モードがあるからな。聞かれたくなければそれを使えって事だろう」
不在モードにすれば、運営の基地局でネットワークから切断されるため、スピーカーからの通信は出来なくなる。
不安が無いわけではないが、運営もそこまで暇ではないだろう。昔、個人情報の処理をアウトソーシングしたことがあるらしいが、現在において人は限り無く高コストだ。監視体制を敷くよりも喧嘩を売らないほうがよほど安全だ。どうしても不安なら電源をオフにしておけばいいだけの話だしな。
「しかしコンシェルジュねえ……ほとんどの人間に出来なかったことが出来るんですかね?」
「どっちかって言うと人間には出来ないから機械に任せようって事じゃないか?」
公平な社会、人が人の上に立たない。よって秘書と言った雇われ業務のほとんどが消えた。残っているのは公務員くらいだが、それも上下共に同じお金が支払われている。
翌日
『アップデート予定として週末を予定しています。なお、この放送をお聞きの方にはベータテストとしてアーリーアクセスが可能です。有効にしたい場合は『コンシェルジュを有効にして』と話してください』
ほほぅ、今から使えるのか、じゃあ試しに……
「コンシェルジュを有効にフゴォ」
思い切り足を踏まれた。
「お兄ちゃん、新しいものが好きなのも結構ですがね、巻き込まれる私の身にもなってください」
どうやらコイツは新機能が気にならないらしい。俺はものすごく気になるのだが、リリーの拒否反応からして何かあるのかもしれない。勘はいいからなコイツ。
「いいじゃん……と言いたいところだが何か不満なんだろう?」
「ええ、スピーカー経由で各家庭の盗聴が可能になるのは非常に気に食わないですね」
「そんなこと熱心にするほど暇な奴もいないだろ?」
このご時世、個人情報は金にならない。しかも集めているとしてもその集めた音声を解析するのは人間でなければならない。コストと効果があまりにも割に合わないはずだ。
「まあお兄ちゃんが言うことも分かりますけどね……これは完全に私の気分の問題なので」
「気分かあ……そればかりはどうしようもないな」
人の心というものは未だに解析の済んでいないフロンティアだ。脳内の分泌物質をどれだけいじっても人を自由に操ることは出来ない。
「どれだけ安全だと言い張ってもね、気に食わないというシンプルな理由には勝てないんですよ」
それじゃあしょうがないか……
「リリー、夕食にしようぜ」
「そうですね、つまらないことに一々構っていられませんからね」
そうしてその場は終了した。そして数日後。
『大変申し訳ありません。コンシェルジュ機能で受信した音声をストレージに保存していたことが判明しました。外部への流出はありませんが、音声データを保存しない仕様にして後日、提供しますのでもうしばらくお待ちください』
その放送を聞いてリリーは言った。
「ね? 新しいものに飛びつくべきじゃないんですよ」




