運営の気まぐれと記録
「うーん……これをどう使えと……」
「お兄ちゃん、運営からのサービスを疑わなくてもいいでしょう?」
俺たちの目の前にはボールペンが二本とノートが二冊ある、どちらも配給の袋から出てきたものだ。
これを使ってどうしろと……
俺が突然与えられた筆記具を持て余しているとスピーカーから公式放送が流れてきた。
『市民の皆様、連絡が遅れたことをお詫びします。本日から全家庭にボールペンとノートを一冊支給しております。これは電子器機が全損した場合のバックアップ計画の一部として実験的に行うものです。皆様の素晴らしい生活を書き残してくださるようお願いします』
「……」
俺は呆れていた。確かに電子的な記録は大半が大戦時の電磁パルスによって消失した。おそらくそれを他山の石としてのことなのだろうが紙という貴重品を配る余裕があるのかと呆れる。
「よっし! 私の創作意欲を存分に発揮しろって事ですね!」
リリーは書きたいように書くつもりの様子で鼻歌を歌いながら気ままに書き散らかしている。放送の文脈を読もうよ……
「リリー、これに書くのは道徳の教科書に書けるようなことにしろって言ってるんだぞ?」
「具体的にハッキリ発言しないほうが悪いんです!」
どうやら空気を読むということは決してしないようで、書きたい放題に書くつもりらしい。もう少し気を使えと言いたいところだが、コイツが空気を読まないのはいつものことだ。まあ空気を読まないのではなく見て見ぬ振りを決め込んだだけのようではある。
そして配給袋から出てきた金属製の箱の意味が分かった。この耐久性の高い箱に現代の記録を収めておけということだろう。
「さて、何を書けばいいんだろうな……」
俺は自由ということになんとも慣れていない。制限の無いものには不安を覚えてしまう。横でリリーが平気な顔をしてサラサラとボールペンを滑らせている。この妹はは自由を満喫している様子だった。
「なあリリー?」
「何ですか?」
「お前、普段から言論の自由を行使してないか?」
リリーの慣れている感じは明らかに言論統制を無視しきったようなものだ。どこが検閲されるか分からないからそう簡単に書くことが出てきたりはしない。リリーのような勢いでかけるのはいつもやっていることの証左である。
「お兄ちゃんも冗談が上手ですね、このご時世に検閲されずに好きに書けるわけがないじゃないですか!」
「それもそうだな」
納得したのだが、何故かリリーが安堵していた。まあアイツなら上手くやるだろう。さて、俺の方は何を書いたものかな……
自由筆記などほとんどしないので書くことが思いつかない。何を書いてもいいと言うが、どこで検閲が入るか分からない以上安全な文章を書くべきだろう。無論、一切書かないという選択肢もあるが、まっさらなノートとそれに合わせた筆記具を渡されるとなんだかそれにインクを付けたくなってしまう。
「お兄ちゃん! 書くことが思いつかないなら妹とのイチャラブストーリーを書きましょう! それなら検閲されませんよ!」
「事実を歪曲するのか?」
俺は嘘をつくのが苦手だ。海千山千のリリーとは違う。
「何を言ってるんですか、古今東西書籍なんてものは誇張と妄想で出来上がってるんですよ? 私とお兄ちゃんの関係をちょっと脚色するくらいなんでもないですよ!」
そうか? 断言されるとそうなのかなと思ってしまう。
そういえばお手本があると助かるな。
「リリー、ちょっと見本を読ませてくれないか?」
アイツはスラスラ書いていたのできっと文章が流れるように書かれているのだろう。
「えっ……それはちょっと恥ずかしい……です……」
「お前何書いたの?」
「兄×妹のねっとりした文章を少々書きまして……」
「なるほど、なんとなく分かったから見せなくていいぞ」
さすがにリリーの妄想に頼るのは俺がバカだったといわざるを得ない。妄想でいいのだろうか? 事実を書こうにも、そんなものを書けば運営に歓迎されないことは確実だ。見せろと言われたときに困ってしまう。
『兄は妹と一緒に幸せに暮らしています』
…………
困った……文章が一行で終わってしまった。国語教育の敗北とはこのようなことをいうのではないだろうか?
というか、書くことといえば運営の配給への不満は山ほどある。しかしそんなものは歴史上から黒塗りにされて隠されること確実だ。もう少し未来に向けて残せるものを書いておきたい。
「お兄ちゃんも兄妹モノのお話を書きましょーよ! 絶対に楽しいですって!」
「そんな無茶な……」
実体験も何も無いのだから書けるはずがないだろう。慎ましやかに運営に愚痴りながら二人きりで生活している話を書けというのだろうか?
俺は悩んだ末にリリーのことについて書くことにした。
児童院で俺を追いかけて早めに出所したこと。俺と結婚するんだと言って聞かず豪運を使って無事結婚したことなどを書いておいた。
書いてきて思ったのだが、これは妹の日記じゃないだろうかと思った、しかし油性インクを消す手段もないのでそれを金属の箱にしまって部屋に置いたのだった。




