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音楽を楽しもう

『本日から全市民の皆様に音楽を提供することとなりました。本日アップデートしますのでスピーカーの電源を切らずにお待ちください』


 そんなメッセージがスピーカーから流れてきた。音楽か……久しく聞いていない文化的な作品だ。


「お兄ちゃん! 聞きましたか!」


「お、おう」


 めっちゃ乗り気なリリーに少し引く。


「これはきっとラブソングが大量に流れますよ! いい雰囲気になれることは確定です!」


「いい雰囲気って……」


 今までいい雰囲気になったことなどあっただろうか? 本人が満足しているのならそれで構わないのだが、音楽という文化的なものが残っているのかは大変疑わしい。大戦時に既存の音楽が大量に消され、軍歌が大量生産された。そして大戦後は軍事的なものを大量に消していった結果、文化的な音楽というものが失われて久しくなる。


「じゃあスピーカーのアップデートが終わるまでお話でもします?」


「いや、運営からのアップデートはあっという間に適用されるじゃん?」


 ディスプレイなど予告から五分くらいでソフトウェアが変更されたからな。


「お兄ちゃんとお話ししたいという気持ちを慮ってくれませんかねえ……」


「わかったよ、お話がしたいなら正直に言えよ」


 リリーはばっと顔を上げた。


「そうですね、ではまずお兄ちゃんの好みのタイプの女の子などお聞きしたいですね、是が非でも!」


「なんで性癖についての話題をぶっ込むかなあ……まあ大体誰でも好きだよ」


 リリーは不満そうにしている。


「そこは『妹を特別に愛している』っていってもいいと思いますよ」


「まあ……お前のことは愛してはいるがな……」


 その一言を聞いて浮かれるリリー。コイツは俺に何を期待しているのだろう?


『アップデートが完了しました。音楽機能を使用する準備が整いました』


 タイミングよくスピーカーのアップデートが終わったので、何か曲を流すことにする。俺は前時代で有名だった曲を一曲、スピーカーに再生するように命令する。


『申し訳ありませんが該当曲が見つかりませんでした』


 無機質な音声はそう返してきた。大戦後には音楽のほとんどが散逸したのに、まさか大戦後の音楽しか聴けないのだろうか? だとしたらあまりにも意味が無さ過ぎる変更だ。大戦後の音楽なんて平和と人類愛を歌ったものしかない、全ての曲は運営が事前に検閲をして、それをパスしたものだけが運営からもらうことが出来た。


 まさかスピーカーでの配信でも同じ事をやるとは思っていなかったので気が重くなる。


「お兄ちゃん、私も使ってみますね」


『申し訳ありませんが該当曲が見つかりませんでした』


「ダメかー……じゃあこれは……」


『申し訳ありませんが該当曲が見つかりませんでした』


 何度かスピーカーとそのやりとりを繰り返してからリリーはスピーカーからディスプレイに再生可能曲の一覧を表示するように設定した。


 ディスプレイには大量の曲が表示されたのだが……


「なんですかこれ? 戦後になって出てきた曲だけじゃないですか! こんなクソ面白くない曲しか再生できないってマジですか……」


 言ってはなんだが戦後の曲はワンパターンが過ぎる。滅びかけた人類が立ち上がる歌や、家族の絆を謳った歌。あるいは子どもは宝見たいな現代の世界観を賛美する歌しかない。


 その中でもあれこれ工夫はしているようだがそれでも大戦前の曲の豊富さには敵わなかった。


「お兄ちゃん……つまんないんですけど」


「いや、俺にその文句を言われても困るんだが……」


 実際俺もつまらないとは思う。しかし娯楽が一つ増えたことは素直に喜ぶことではないだろうか? 少なくとも運営の検閲をくぐった曲なら簡単に聞けるのだから。


 最近の音楽事情と言えばディスプレイに放送局は無く、ポルノの放送に熱を上げており、文化的なものは一切流れていなかった。それに比べれば音楽が聴けるというのは大きな進歩ではないだろうか?


「お兄ちゃん、スピーカーを改造したら自由に音楽が聴けませんかね?」


 物騒なことを提案してくる妹に俺は端的な答えを返した。


「こちらで何をかけるか決めるにしても、曲のデータが運営にある時点でどうしようもないだろう」


 これは曲データがスピーカーに入っているのではなく運営から『配信』されている。スピーカーを改造してどうにかなる話ではなかった。


「つまんないですね……」


「世の中の大半はつまんないもので出来てるんだよ。諦めて『普通の』音楽を聴こうぜ」


「しょうがないですね、それしか無いようです」


 渋々俺の隣に座ってその日は曲を流しながら過ごした。シャッフル再生したはずなのに同じ曲のアレンジが次々と流れるのは曲が少ないので水増ししようという運営の強い意志を感じた。


「お兄ちゃん、ときどきボーカルの無い曲が流れてますけど私が歌ってあげましょうか?」


「いや、やめておけ。どこからどう文句が出るか分かったもんじゃない。BGMとしてならそれなりに役に立ちそうだしそう使おうよ」


「それもしょうがないことですか……つまんねー世の中ですよまったく……」


 文句を垂れているリリーだったが、一応運営が文化の一端でも見せてくれたことには満足しているようだった。俺はワンパターンには辟易したが、物珍しさで一日ずっと再生を続けたのだった。

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