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美味しいものを配布できないなら不味いものを配布すればいいじゃない

「お兄ちゃん、最近配給が渋いですねえ」


 この前のチョコレート事件から配給は無味無臭な味気ない日用品と食料ばかりが出てきていた。味のあるものがさっぱり出てこないことに愚痴っぽくなっている。


 世情もチョコレートやそれに比類するものを求めていた。しかし運営はさっぱり特別配給を出してこない。チョコレート事件以来配給を絞り上げてなんとか闇市場を排除しようと躍起になっていた。


 闇市場で取り引きされる物の多くは食料だ。工業製品は生産施設が残っているので大抵のものが生産可能だ。必要な物があれば申請すれば分けてもらえる、例外として毛皮などの天然物は存在しない、生物を飼うほど人間に余裕は無い。フェイクファーで我慢しろということらしいが、そもそも天候も気温も管理された世界で毛皮が必要になる場面がほぼ無いため問題になっていない。


 食べるものくらいしか娯楽になるものが無い世界で栄養食という味の無いものを食べ続けるのは辛い。せめて言論の自由でもあればいいと思うのだが、電子的な回線は遮断され、出版施設は運営が全て確保しており、ポルノくらいしか印刷していない状態で文化は退廃を極めている。


 退屈極まる日常を送っていると言論の自由くらい認めては良いのではないかと思うのだが、前時代にはゲームで対戦相手を煽っただけで殺し合いに発展したという噂半分の話も聞いたことがあるので、それを認めたくないというのも分からなくはないんだがな……というか昔の人は血の気が多すぎるんじゃないかと思わなくもないのだが。


 まあそんなわけで運営がガス抜きに出来ることといえば食べ物の配布くらいだった。一応化粧品等も配布は出来るのだが、如何せんパートナー以外と会うことは滅多に無いうえ、出会うにしても地下のトンネル内くらいなので、まともにお洒落をしても見てもらう機会がない。


 誰も彼もが不満を持っているものの、運営への参加という貧乏くじを引きたい人間もおらず、誰もが不満を持っているのにその対象に文句を言うことは躊躇っていた。


「お兄ちゃん、公式によると前回配布された偽チョコレートが全部回収されたらしいですよ」


「やるとは思ってたがようやくか……随分と出回ってたけど運営に返却されたのか」


 意外とみんな良識があるようだ。


「いえ、全量が消費され闇市場に出回っているものが無くなったそうです」


 なんだ、みんなが食べきっただけじゃないか……


「結局、返納した奴はいるのかな?」


「何もアナウンスがないですけどいないんじゃないんですか? 私なら絶対食べますし」


「そりゃそうか……食べてしまえばそれを取り上げることは出来ないしな」


 食料は食べてしまえば不可逆的に排泄される。それから何を食べたか推測することは不可能だろう。


「チョコレートって類似品って書いてあったけど何を原料にしたんだろうな……」


「噂ではマーガリンみたいな感じで油に砂糖を入れて固めたとか、完全に合成された化学物質とか噂は立ってましたがね、結局それが何であったのかなんて誰も興味無いんでしょう」


 あの甘みの溢れる食料、合成甘味料かもしれないが、貴重なものであることには変わりない。もしかしたら研究陣は安価な合成甘味料の作成に成功したのかもしれない。そうであればいずれまた何か食べ物が配布されるだろう。そうであって欲しいとは思う。


 口の中にあの甘みと苦味がよみがえってくる。非常に美味しいものだっただけに一回限りになっている現状がとても残念だった。


「ああ、また食べたいなあ」


「それは私も同じですよ」


 二人してため息をつく、そんな愚痴を言っているとスピーカーから放送があった。


『皆様にご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げます。本日より一週間、補填を行いますので配給の受け取りをお願いします』


 俺たちは顔を見合わせた。


「補填ですか……チョコレートほどレアではないんでしょうけどいいものですかね?」


「さすがに固形食料やゼリードリンクって事はないだろ、少なくとも味のあるものだと思うぞ?」


「ですね、じゃあ明日が受給日なので行ってみましょうか」


「ああ、早いところ寝て明日に期待しようぜ」


 こうして俺たちはやや早く布団に入ることになった。夢の中で食べたこともない旧時代の料理が出てきて、それを食べたのだが、夢の悲しいところで食べたことの無いものの味は想像できず、固形食料のような無味無臭の肉や魚が出てきたのだった。


 翌日になったのだろう。人工の明かりが点灯し、アラームが鳴った。鳴り響く時計を止めながら、いつもの国民服に着替えた。今日は配給の日だからな。


 部屋を出るともうすでに着替えたリリーがいた。


「早いな」


「当然! 配給一番乗りを狙ってますからね!」


 心強いことこの上ない宣言に俺は安心感を覚えた。


「ところで昨日配給をもらった人からの情報とかは入っていないのか?」


「驚くほど皆さん沈黙を貫いているようですね、闇市場でもまだ何も出回ってないですし……」


 どうやら運営も食糧配給に対して考えるところはあったらしい。何をやったかは知らないが、情報を隠せる程度には上手いことやったのだろう。


 靴を履きながらリリーに言う。


「なんにせよ、行けば全て分かることだしな」


「そうですね! せっかく早起きしたんだから一番をとりましょう!」


 そうして俺たちはトンネルを歩いて行く。早朝のためか人と出会うことはなかった。


 何事もなく配給所に着くと受付さんはいつも通り初対面で、人が変わったのは分かるのだが、出来ることなら前任者が責任をとらされたりしていないことを祈るばかりだった。


「ようこそ、昴さんにリリーさんですね」


「「はい」」


 いつも通りスキャンをして体調に問題が無いことを確認する。そして配給をもらったのだが、その袋がいつもよりハッキリ分かるほどに重かった。


 俺が受け取ってからチラチラと見ているリリーが、配給所を後にしたら即袋を俺からとってその重さにだらしない笑顔を浮かべていた。


「お兄ちゃん! この重さは絶対豪華なものですよ!」


 非常に楽しそうにそう言っているのだが、俺は安心はできなかった。遙か昔の話だとミネラルウォーターを特別配給だと言って配布した結果、酷い文句をつけられたことがあると聞いた。さすがにただの水ということは無いだろうが安心は出来ない。


「重いから俺が持っておくよ、早く帰ろうか。中身が気になるんだろう?」


「そりゃあ気になりますって、ここまで重いものは滅多に無かったですよ」


 俺たちは薄暗いトンネルを歩き帰宅した。帰宅するなり俺から配給袋をひったくり中身を全部ぶちまけた。


 ゴトリと出てきた重いものの正体はプラスチックのボトルに入った液体だった。真っ黒で白いラベルが貼られている。ラベルには「エリキシル」と印刷されている。


 リリーは怪訝な顔をしてそのボトルを見る。


「これ、なんでしょう?」


「多分飲み物だな。ジュースとは思えない見た目をしているが……」


「じゃあ冷蔵庫に入れて少し待ちましょうか」


 そう言って二本のボトルを冷蔵庫に立てて入れ。俺たちはしばし益体もない談笑をした。あの飲み物の正体についても推測し合ったが、醤油では無いだろうということくらいしか分からなかった。


 運営もさすがに醤油をボトルで一人一本の配布をしたりはしないだろう。しかし黒い液体というものを滅多に見ないので新鮮ではあった。


「そろそろ冷えましたかね? 飲みましょうか」


「とっておこうとは思わないんだな?」


「チョコレートで学んだでしょう? 食べるのがベストなんですよ」


 そんなわけでボトルのキャップをひねるとプシュと炭酸飲料独特の音がした。なるほど、炭酸は珍しい。これでちゃんと味がついていればいいのだが……


 一口飲むと強力な炭酸と、甘みになんとも言えない化学物質のような味がした。


「これ結構いけるな」


「そうですね、運営も反省したんでしょうか」


 飽食の時代ならともかく、俺たちの時代においては味がついているだけで美味しいと呼ぶには十分だった。


「ぷはあ……しかしこれは闇市場に流れないんですかね?」


 俺はボトルを観察して気がついた。


「キャップに細工がしてあるな」


 俺は小さな小さな穴が開いていることに気がついた。


「それに何か問題があるんですか?」


「ああ、炭酸が徐々に漏れていくだろう? 流通にのせても買い手が出るまで時間と共に価値が下がっていくじゃないか」


「なるほど、その場で飲めって事なんですね」


「それともう一つ」


「え?」


 俺はこのジュースの致命的な点を指摘した。


「このジュース、昔飲んだ液体風邪薬の味がするんだ」


「そういえば児童院に居た頃風邪をひいたらこんなの飲まされてましたね」


 思い出すようにそう言う。


「これは万人受けしないだろうから価値も高くならないだろ」


「確かにそうかもしれないですけどね……私からすればどんな味でも無味無臭よりはマシだと思いますよ?」


「そうだな」


 俺たちは談笑しながら午後のひとときを過ごしたのだった。そして、その飲み物が回収されるという話はしばらく経っても聞かなかったので運営もたまには上手いことやれるらしいなと思ったのだった。

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