野菜、野菜、また野菜
「久しぶりにまともな食事が出来るな!」
「そうですね! 美味しいものが食べられますね!」
美味しいというのは『味がある』という意味だ。無味無臭の合成食料に比べれば普通の食料というのは基本的に美味しいものだった。もっとも、現代においては普通の食料が合成食料を意味しているような状態ではあるのだが……
ありがたいことに俺たちの住んでいる地区で子どもが生まれたということでお祝いレートで配給されることになった。その放送を聞いたときは胸が躍った。
「じゃあ配給所に行くか、結構いいものが手に入りそうだな」
「ですね、久しぶりに合成品ではない食料が手に入りそうです」
俺たちは灰色のトンネルを歩いて行く。普段なら憂鬱な薄暗いライトも希望への光のようにさえ思えてくる。衣食住、衣と住は満たされても食が満たされることは滅多に無い。
だからきっと、美味しい食事は心の栄養なのだろう。いつだって心をすり減らしながら生活していると、こういった時に満たされた感じがするのだ。
「お兄ちゃん! 行きますよ!」
「ああ、そうだな」
配給所まで歩いていく、ふと生まれてきた子どもについて考えた。前時代に終わってしまった世界に生まれたことが幸せなのだろうか? その子は満足いくまで食べられるような世の中になるだろうか? まあいいか、その世代のことを考えるのは本人たちに任せればいい。俺たちは前時代の遺産に集っていれば生きていける。ご先祖様々だな。
そんなことを考えていると配給所が見えてきた。
「何がもらえますかね?」
「さあな、俺としては肉を希望するがな」
「私は野菜ですかね、肉だと大抵合成肉じゃないですか。天然物が欲しいんですよね」
「欲張りなことで」
俺は苦笑した。牛肉や豚肉などでなくてもいい、羊でも山羊でもいい、なんなら魚肉でもよかった、とにかく動物性タンパク質を身体が欲していた。植物ではどうにも気力が出ない。
そうこうしていると配給所の前についた。受付さんに挨拶をする。
「お元気そうですね、昴さんもリリーさんもご息災のようで何よりです」
当たり前のように話しかけてくるが、この人は例によって俺たちと初対面の新担当だ。配給担当とは一期一会だと思っている。人との出会いは多くない、人が増えすぎたせいで戦争が起きたのだから人間関係を根深くするのは悪となって久しい。
「ではお二人とも身体スキャンをお願いしますね」
「はい」
「はーい」
いつもの個室で光学スキャンを受け、何も体調的問題が無いことをチェックしてからいつも通り配給を受け取った。配給の袋はそれなりに重かった。
「これは……期待できそうですね」
重い袋を持ってみたリリーは嬉しそうに言った。
「そうだな、それなりに食べ物が入ってそうだ」
俺は重い袋を持って帰途についた。
家の前につき生体認証を済ませる。部屋の中に入るとリリーが袋をひったくってビリビリに破いた。
ドサドサと中身の重かったものがテーブルに落ちる。
「野菜か……」
「野菜ですね」
俺はそんなに可能性がなかったことを理解していても少しだけ虚しかった。そう都合良くはいかないものだな。
「じゃあ早速野菜炒めでも作りましょうか」
「頼むわ」
俺は肉の気分だったので野菜の調理をする気にはならなかった。あの重さの半分、いや十分の一でも肉が入っていればテンションも上がっただろうが、全部が野菜というのは悲しかった。
しかし、野菜だけというのも運営が申し訳なく思ったのか量の方は大量には入っていた。
それにしても結構な量だった。二人で食べるには十分すぎる。これで多少は冷蔵庫が役に立つだろう。固形食料やゼリーのような冷蔵の必要が無い食べきりのものばかりだったので冷蔵庫が冷たい空気を出す箱でしかなかったが、今回は活躍してくれそうだ。
その日の夕食は立派な食材の入った野菜炒めだった。キャベツ炒めやピーマン炒めではなく、ちゃんと数種類の野菜が混ざり合った野菜炒めだった。
「美味いな」
「でしょう!」
二人で楽しく食事をすることが出来た。その日は味のあるものを食べたということで足りない分を固形食料で済ませたが、気のせいだろうか固形食料まで美味しく思えた。
「ふぅ……やっぱりまともな食べ物はいいな」
「そうですね、栄養分が完璧でもそれだけじゃ生きていけませんね」
翌日、目が覚めるとキッチンから野菜の香りが漂ってきた。
「お兄ちゃん、今日は野菜スープですよ」
「美味いな、出汁も何も入ってないんだろ?」
「野菜と水のみですね」
不思議と野菜だけで出来たスープでも結構な味がした。
それから三日くらい、野菜の生活が続いた。最後の方になってくると野菜を見るとげんなりするほどに飽食的になっていた。
「お兄ちゃん、今晩は酢豚ですよ」
「豚肉要素が無いだろうが……」
「う……酢豚に豚肉が必要なんて誰が決めたんですか? 昔の食べ物のキツネうどんだってキツネ肉は入ってなかったって話ですよ」
「屁理屈を……」
「まあまあ、これで野菜は終わりなんですから美味しく食べましょうよ!」
「野菜も終わりか」
うんざりとはしていたがいざ終わるとなると少しだけ残念だった。当分は味のしない食事に戻ることを考えるとこの豚肉抜き酢豚でも美味しく食べられる気がした。そして実際にソレは美味しかった。
「ふぅ……ごちそうさま」
「はい、ごちそうさま」
「しかし、これで当分は味気ない食事になるな……」
「しょうがないですよ、だって野菜は無限に保存できませんからね」
固形食料やゼリーのパウチのように密閉して殺菌が出来ない以上いつかは傷んでしまう。だったら美味しいウチに食べてしまおうということだ。
「これで終わりですね、食器を洗いましょうか」
「ああ、俺がやっとくよ、善行を積むと少しはいいことがありそうだからな」
「徳ポイントなんて無いと思いますがねえ……」
呆れ顔のリリーを残して俺は二皿をキッチンのシンクに持っていき、まともな食事としばらく別れることになるのが名残惜しく思いながら食べ物の入っていた食器を片付けたのだった。




