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兄妹のアンチエイジング

 朝からスピーカーで今日のお知らせが流れる。


『あなた方の地区は抗老化事業の対象になっております。本日医療機関にお越しください』


 そんな声がスピーカーから流れてきた。抗老化事業、一般人は『アンチエイジング』と呼ばれている医療措置を受ける日なのを忘れていた。


 現在の人間はいつしか年老いる、それを少しでも遅らせるために今では製造方法の分からない人間の老化を抑えるための投薬を受ける日だった。


 ちなみにその薬を製造できるのは旧時代の機械だ。完全にブラックボックスとなっていて、その機械が壊れたら自動的に二度と作れなくなる魔法の薬だ。


「お兄ちゃん、面倒くさいんですけど」


 俺の妹は乗り気ではないらしい。しかし処置を受けるのは国民の義務だ。一人でも、一年、一月、一日でも長生きさせるためにあらゆる処置を受ける義務がある。人類の保存という命題のために俺たちは人間であれば絶対に避けられない老化を抑えなくてはならない。


「しょうがないだろう、お前だって一年でも若い姿でいたいだろ?」


「それはそうですが……人類は自然に生まれ自然に死ぬべきだと思うんですよね」


「その言葉を絶対に俺以外に聞かれるなよ? 大事件になるからな」


 人間を生かすためなら手段を選ばない運営には避けることが出来なかった。


 しかし、人間のなかにはコイツのように『この喜びのない人生を送るくらいなら自然な死を選ぶ』と主張している連中は多い。見つかる度に思想矯正を受けて考えを曲げられている。噂によると施設を出てきたときには『人生は最高! 長生きはすばらしい!』という考えになっているともっぱらの噂だった。


「しかし、生産量に限りがあるなら希望者のみへの投与でいいんじゃないでしょうか?」


 薬は増産することが難しい。いくら全自動で医薬品が出来るといっても機械の生産スピードという限界がある。


「全国民に長生きしてもらうにはローテーションで回すしかないんだろう。今の運営は全国民が平等に長生きできるようにするのが目標だからな」


 リリーは吐き捨てるように言う。


「生きたいやつが無限に生きればいいんじゃないですかね? 自然に任せるという選択肢の何が悪いんですかね」


「確かにリソースを集中すればかなり長生きさせることが出来るらしいがな……人間の世代を重ねる必要があるんだよ。子どもを産めばその子どもは親よりあとで死ぬだろ? 少しでも人類を増やしたいなら、ロクに次世代を作ろうとしない長生き派よりも全国民に処置した方がいいんだろ」


 残念ながら自分だけが延々長生きしようとしている人たちに次世代を作ろうとはしない人が多い、自分が生きていればそれでいいという思想持ちが多い。


「まあ愚痴ってもしょうがないですし健康センターに行きますかね……」


「そうだな、無駄口を叩くのは自由だが運営の手先に自宅訪問はされたくないからな」


 あいつらマジで薬を持って対象地区の訪問をするからな、同じ処置を受けた上で多少のペナルティを受けるというのはどう考えても割にあわない。


 俺たちは朝食を終えて玄関からトンネルに出た。厄介なのは健康センターが割と遠めの所にあることだ。はた迷惑な話だが全市民が平等にアクセスできるように微妙な位置に存在している。家からだと少し遠い。


 トンネルの中でまばらに人に出会った。抗老化薬で肌のつやが良くなったのか、頬に手をあててその感触を確かめている人もいた。


 それからしばらくしてようやく健康センターにつくともうすでに大半の人は追えていたようで、受付で投薬を受けに来たと言うとびっしり『接種済み』と書かれた名簿が目に入った。


「はい、昴さんとリリーさんですね、ではお二人とも一番室にお入りください。


 促されるままに通路を歩くと一番室のプレートを掲げた部屋があった。ここか……


 ガラッと開けてはいると、目の下に隈を作った女性が一人アンプルを手に持ってぼんやりと眺めていた。


「あの……接種を受けに来たんですけど……」


 彼女はサッと真剣な顔になった、相当疲れていることが目に取れた。


「貴方で最後ですね! よかった! 来てくれなかったらどうしようって思ってたんですよ! 私は今日の勤務で満期ですのであなた方が最後の担当なんですよ、本当来てくれなかったらどうしようって思ってましたよ」


 感慨深げに言う人だった。名前を聞く気にもならなかった。どうせ今回の接種が終わればまた新しい人がローテーションで回されるだけだ。


「じゃあ利き手じゃない方の腕をここに置いてください」


 その腕を置く台に腕を乗せると二の腕をゴムバンドで縛ってパンと欠陥がよく見えるように軽く叩いてから先ほどまで持っていたアンプルから吸い上げて針を変え俺の静脈に打ち込んだ。ふわふわした気分になり無性に眠くなった。


 微睡んでいく意識の中で『そちらのベッドで横になっててくださいね』と言われたような気がするが、そこで意識は途切れた。


 目が覚めると身体が軽かった。アンチエイジングにも意味があるようだ。肌のハリなどの違いはよく分からないが、なんとなく健康体になったような気がした。


「お兄ちゃん、お目覚めですか?」


「ああ、リリーか……俺は寝てたのか?」


「毎回お兄ちゃんってコレを打たれると寝ますよね。寝るとよく効くらしいですよ? 私が眠れなかったのは不満ですが」


「まあ世の中そんなものだ、もう帰宅許可は出たのか?」


「はい、もう自宅に戻って問題無いそうです、あの担当曰く『もう私がすることないし貴方が見ててくれる?』」


 そう言ってさっさと白衣を脱ぎ捨てて帰宅準備をしていましたよ。


 ドライな担当だな……


「じゃあ帰りましょうか」


「そうだな、家に帰ろうか」


 そう言って俺たちは家路を歩いた。久しぶりに注射をしたので少々腕が痛かった。きっとこれくらいしか注射する必要が無いからだろう。前時代旧記には手術が必要な病気があったらしいが、精神病以外は全て薬の自販機で出てくる。


 そうして家に帰ったところでふと気がついた。


「あの距離を歩いてあんまり疲れてないな」


「一応あの薬にも効果があるんじゃないですか?」


「なあリリー、一つ聞きたいんだが」


「なんですか?」


「お前はちゃんと抗老化薬を受け続けてくれるよな? 俺より先に死んだりしないよな?」


「もちろんですとも! お兄ちゃんに寂しい思いはさせませんよ!」


 堂々と宣言したことに俺は安心して人生というくだらない時間の浪費を続けるのも悪くないかと思った。

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