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届かない青空

『皆さん! 今日は全世界の誰もが待っていた地上の風景をお送りします!』


 ディスプレイの電源が強制的にオンになってやかましい宣伝が始まった。


「あー……今年もそんな時期か」


「いつもやってますよねコレ」


 俺たちは冷淡な目でディスプレイを眺める。綺麗なお姉さんがドームのドアを開いて地上に出る様子が現在放映されている。


「もうちょっと細部にこだわろうという気は無いんですかね? どこからどう見ても茶番じゃ無いですか」


「お祭りみたいなもんだろ、神なんて信じてなくてもみんなが祭り上げてるから雰囲気だけ味わっておく的な」


 画面のなかには明るい太陽と草原が映し出されている。


「合成が甘いですね、太陽の位置と影の出来方がズレてますよ」


「そもそもみんな合成って知ってるから運営も開き直ったんじゃないか?」


 そう、この放送は四半期に一回地上の様子を放映するという定期プログラムだ。なお、初期の頃は真面目に地上の様子を放送したためドーム内や地下にいた人間達が絶望して暴動が起きたらしい。そんなことがあって反省したのかは不明だが、今では地上『ということになっている』場所で放送されている。


 幸いなことかは知らないが旧時代の人間達もこの手の演出が大好きだったのか、こういった安っぽい合成をするためのハードウェアとソフトウェアが大量に残っていたそうだ。


 計算機が一枚の写真から映っているオブジェクトの自然な動きを予想してあたかも現実にそこにあるかのような放映が出来るらしい、詳しいことは知らないがそんなことだと聞いた。


 ちなみにここで放映されているものは事実であると扱われている。たとえ現実を知っていても事実であると運営が断言してしまえばそれは事実なのだった。実際問題それを検証しに地上に出ようという勇者はまずいない。一日住めば一年寿命が縮むと評判の場所にそんなしょうもない理由で出かけたくないというのが本音だろう。


「青空ですねえ……実際にあるんですかね? 草原よりは実在してそうですけど」


「スペースデブリと核の冬で日光はかなり減衰するらしいぞ」


 ついでに言うなら宇宙線が降り注いでいるという物騒な噂まで聞いたことがある。


「運営も暇なんですかね?」


 こんなものを放送して、と愚痴っている妹だった。


「実際暇なんだろう、大した犯罪も暴動も戦争も何も起きてないんだからな、おまけにドラッグストア代わりの自販機が医者になってるんだ、やることがないんだろう」


「ですかねえ……ご苦労様ですよ全く」


 実物の青空よりよほど見慣れた豪勢の青空が映って、草原のなかに寝転んで『気持ちいいですね』とアナウンサーが言っている。もはや隠すつもりもないのかそれを上から映しているのに影はあらぬ方向に浮かんでいる。心霊番組と言っても成立しそうだなと思った。


『皆さんが地上で生活できるまではもうしばらくかかりますが、私たちは皆様が地上に自由に出ることが出来る時代が来ることを約束します!』


 そう言って放送は終了した。いつも通りの嬌声が響く番組に変わり、リリーが電源を切った。


「運営は嘘をついても心が痛まない人間なんでしょうか?」


「嘘ではないだろ、期限は言ってないからな。知ってるか? 雨乞いって雨が降るまでやれば百パーセント成功するんだぜ」


「実際に雨が降るのが一万年後でも、ですか……まったく言葉遊びばかり上手くなりますね」


「それはともかく、おれはあの光景に見覚えがあるんだよな」


「えぇ……運営もそこまで手を抜きますか……見せてもらえますか?」


「ああ、持ってくる」


 俺は部屋に戻って一冊の写真集を持ってリリーの所へ戻った。


「この辺の……ああこれだ、写真のデータをまんま計算機に食わせたみたいだな」


 そこには先ほどまで写っていた草原と青空の写真が載っていた。本のタイトルは『素晴らしき時代』要はこの本のデータをそのまま合成に利用したと言うことだ。


「うっわ……まんまにも程があるでしょ、合成にしたってもうちょっとマシな方法があるでしょうに……」


「どうせ嘘なんだから堂々と言い切れば迫力で押し切れるとでも思ったんじゃないか?」


「私たちを舐めすぎでしょう、お兄ちゃんの部屋からポンと出てくるような写真を使うとかもう誰でも持ってるような本の写真ってことですよ」


「それでも良いと思ったんだろうな。惰性で続けているのか、希望を捨てて欲しくないという御高尚な考えなのかは知らんがな」


「リアルな地上を放送した方が真面目にみる人は多いでしょうね」


 灰色の空に茶色の大地、果たしてそれを望む人がどれだけいるかは分からないが、現実なら真面目にみる人も居なくはないだろう。


「ファンタジーだって思えばそんなに悪いもんでもないだろ」


「アレを剣と魔法とドラゴンと同一視する気ですか? ファンタジーを舐めすぎですよ」


「その手の本は大半が禁制品だから見つからないようにな」


 当時の本で未だに許されているのは日常を描いたものくらいしかない。私小説などと呼ばれたらしいが、オチが自殺になっていたらそこはしっかり削って印刷されるそうだ。


「では素晴らしい地上の風景も見たことですし、現実と向き合いましょうか」


 俺たちの前にはいつもの黄土色をしたブロック、固形食料がおいてある。


「そうだな、やっぱりコレはいつまで経っても慣れないな……」


「味のあるものを食べちゃいますとねえ……このモソモソしているのに味だけが無いっていうのが気になるんですよね」


 そんなことを言い合いながら、俺たちは今日の放送の甘かったところなどを語っていくのだった。

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