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オーディオと真空管

「お兄ちゃん、こんなものが闇市で売られてたんですけど、なんですかね?」


「何か分からないものを平気で買うのはどうかと思うんだがな」


 俺はリリーの手に乗っているガラス管を眺めてみる。ああ、コレはあれだな。


「それは真空管だな。今時作ってるところがあったのか?」


「いえ、親の形見の一つだって売ってる人は言ってましたね。なんでも前からずっと受け継がれてきたけどなんなのかすら分からないので売ってしまおうと思ったそうです」


 まさか……


「それってもしかして戦前の品か?」


 真空管は核兵器による電磁パルスの影響を受けない。電子器機の多くが死んだ中古式ゆかしい真空管の機械が生き残ったと聞いている。


「へー……確か音楽とかを聴くのに使うやつですよね?」


「いや、音楽に限ったことではないが……遙か昔は部屋一面に真空管をつけてその辺の電卓にも劣るコンピュータを作ったらしいな」


「お・に・い・ちゃ・ん……これで音楽が聴けるんですよね? 是非それが欲しいのですが……」


「面倒くさいなあ……」


 公教育のおかげで多少のハンダ付け程度なら出来る。機械類の修理は運営が推奨している行為だ。部品についてはその辺のユニバーサル基板を使えば作れるだろう。しかし面倒なものは面倒だ。


「まあまあ、お兄ちゃんの手作りの品が欲しいっていう乙女心を理解できませんか?」


 普通の乙女ではないだろうな。そうは思っても俺は黙っておいた。


「しょうがないなあ……」


 俺はリリーからそれを受け取り民間共同倉庫の在庫をディスプレイで検索する。どうやらユニバーサル基板はストックがあるようだ。お届けのボタンを押してしばらく待つと空気圧で共有倉庫から要求したものが送られてくる。


 ICチップを取り寄せるときは用途を聞かれるのだが、それ自体では何にもならない基盤は無償で入手できる。


 残りのパーツは割と簡単に手に入る。一番面倒だった真空管が手に入ったなら後のパーツ入手はイージーモードだ。


 オーディオ用のパーツ一式を入手して組み立てる。回路図を書いてその通りにハンダ付けをしていくだけだ。どうせ付け替えるためのものがろくに無いのだから全部取り外しを前提としないハンダで基板に直付けしておいた。


 スピーカ用のインターフェースを最後に取り付けてグルーガンでガチガチに固めて終わりだ。


「出来たぞ」


 俺はリリーの部屋に持っていった。バタリとドアが開き、嬉しそうな顔をして俺の作った基板を受け取る。本来は木材等の絶縁部品で固めて感電などの危険を避けるのだが、不幸にも木材は非常に高額な品の一つだ。プラスチックという手もあるが、残念ながらプラスチックを希望通りのサイズに作ってくれるような便利なサービスはなかった。


「わあ! ありがとうございます!」


「それは良いんだけどさ……一体何を聞く気だ? 我が家にあるオーディオ装置は子どもを産めと延々叫びながら時々公式放送を流すディスプレイくらいしかないはずだが」


「お兄ちゃん、これを売ればそれなりに美味しいものに交換できるんですよ?」


 なるほど、売ってしまうのか。しかし……


「売っても買う人がいないんじゃないか? 音楽を聴ける環境にいる人なんて少ないだろう?」


「大変趣味の悪いことですがね、ディスプレイから聞こえる喘ぎ声を高音質で聞きたいって需要はあるらしいですよ、全くもってくだらないことですがね」


 呆れ顔でそう言うリリー。需要は確かに存在しているようだ。


「じゃあ明日闇市でちょっと売ってきますね!」


「ああ、俺はバザーは苦手なんでな、お前に任せるよ」


 そう話してその日は寝ることになった。そして翌日……


「ふぅ……なかなかいい商売でしたね」


「おかえりー、何と交換できたんだ?」


 お金でないことは当たり前だ、物々交換の古代的価値観に人間社会が先祖返りをしている。


「なんと! 本一冊と交換が出来ました!」


「すごいな……」


 言論統制されているこの時代にまだ本というものが出回っている様には感動すら覚える。焼却処分されずに残っている本といえばエロ本くらいしか残っていない時代だ。


「ちなみになんていう本だ?」


「『士気高揚マニュアル~あなたの部隊に足りないもの~』ですね」


 俺は衝撃を受けた。


「それって大戦中に出された本か? 全て焼かれたと聞いたんだが、それも他の本より念入りに探し尽くして大戦前の本より稀少だってはなしだろ?」


「それをゲットする私めっちゃすごいでしょう!」


「絶対に見つかるなよ? それは持っていることがバレたら大惨事になる本だからな?」


 リリーは首をかしげてから頷いた。


「難儀な社会ですねえ……言論の自由があった頃が懐かしいですよ……」


「諦めろ、地獄に言論の自由なんてものは無い」


 そう、この世の地獄、ロクでもない物だが現在は緩やかな地獄と言って差し支えない世界だ。希望が無いわけではない、それでも俺とリリーは生きている。今のところはそれで十分だった。

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