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書籍焼却日

『本日は不要品焼却日になります、何であれ処分する場合には罰せられることはありません。この機会に是非禁書等があれば処分なさってください』


 俺たちは朝食の固形食料を食べながら放送を聞く。『不要品』焼却日、不用な品を処分する日だが、不要の定義は運営にとって都合が悪い、ものだ。


 先ほどの放送を要約すると『罰則はないからご禁制の品を持っているなら処分しろよ』という意味である。通称『刀狩り』などと称されている。


「お兄ちゃん、何か不埒なものを持っているんですか? ソワソワしてますよ」


「ねーよ、俺は納品するものが無い善良な市民だからな」


「つまんない人生じゃないですか? もうちょっとスリルを感じられる生活をしようとは思わないのですかね」


「無茶を言うな、俺は面倒事は嫌いなんだよ」


 事なかれ主義を煮詰めた俺からすればトラブルの種は持つべきではないと考えている。


「私のコレクションを見せてあげましょうか? 勧善懲悪って素敵ですよ?」


「そういうバイオレンスな本を提出しろという放送だったんだがな……」


 リリーの持っている本には人間同士の争いを描いた物が多い、そういったものはずっと昔に禁書指定され、現在では存在を禁止されていた。


 権力者ですらそういったものを持つことは許されていない。歴史学者は前大戦以降の歴史資料として閉架で必要な範囲だけしか見ることが出来ない。そのくらい貴重なものだが、現実に流通を禁止するのは難しく、闇では結構流れている。


 幸い強制力は無いためごくごく穏当な言い回しで提出を促すというものだ。公権力が力を持っていない以上市民の良識に任せるしかなかった。


「お兄ちゃんも私のコレクションを読みませんか? 鬼が出てきて桃から生まれた人間が鬼どもをバッタバッタと倒す本とか読みやすいですよ?」


「だからそういう本が不味いんだろうが……」


 敵が人間でないだけまだマシと言えるが、暴力的な書籍は十分アウトの範疇だ。


 現在比較的寛容な文化といえば音楽くらいだろう。この辺はまだラブソングだの、青春だのを歌っているので大抵のものはセーフだ、なお、軍歌は即時規制されたらしい。


 そんな平和な世界を生きているというのに生活するだけで精一杯なのはなんとも不可思議なことだ。


 この世界の日常を美しく、というかかなり美化して書いた物がメインストリームになってから何年経ったのだろうか? 人が地下とドーム内に引きこもってかなり経つ。


「お兄ちゃん」


「なんだ、またくだらないことを思いついたのか?」


「くだらないとは失礼ですね、あの廃品回収ルートを先回りすれば貴重な品が簡単にもらえるんじゃないですかね?」


「やっぱりくだらない事じゃないか……」


 ウチの妹がロクなことを言わない件について……


 俺はさっさと妹に面倒事の種を処分して欲しかった。バレたらとんでもなく面倒なことになるじゃないか。そんなコバンザメみたいなやり方はアウトだアウト!


「お前の正気が時々心配になるよ……」


「私はいつだって大真面目に話してますよ!」


「じゃあ始終正気じゃないんだろうな」


「失礼な! ちょっとだけ運営の先を行くだけじゃ無いですか!」


「崖っぷちから一歩前をいく感じだな……」


 その一歩は破滅への一歩だと思うぞ?


 ロクなことを思いつかない妹に呆れながら不味いメシを食べる。いや、不味くはない、味がないというのがどうにも不味く思えて仕方が無いのだ。


「お兄ちゃんだって闇市で時々食べ物を買ってるでしょう? 知ってるんですよ」


「う……それは……」


 痛いところを突いてくる。確かに食事に不満で時々余裕があるときに向かしながらの食品をもらいにいっている。


「この前のクッキーは美味しかったですね? 先週のマシュマロも美味しかったですよね?」


「それは……つーかお前も食べたじゃないか!」


「お兄ちゃんのものを私がもらって何が悪いんですかねえ?」


「開き直るのかよ!」


 自信満々にリリーは胸を張っている。何も悪いことをしていないような澄んだ目でこちらを見てくる。明らかに食品よりもヤバいものを持っているはずなのになんだかこちらが悪いのかという気になってしまうから不思議だ。


「私ほどになりますとね、持ってちゃいけないものを持っているスリルを楽しめるんですよ! こう……見つかったらヤバいものほど興奮するといいますか」


「健全な生き方をしようって考えたことないの?」


「私は生まれてからずっと健全極まりない生き方をしていますがね、間違っているのは世間一般の方でしょう」


 曇り無き眼でそう言われると俺が間違ってたかなーなどという気になってしまう。大丈夫、俺は何も悪いことはしていない。


 そんな他愛もないやりとりをしているうちに収集所の引き取り時間が過ぎてしまい、もうしばらく俺の家にはご禁制の品が残ることになったのだった。

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