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居住地の新規建設

『おはようございます、運営です。本日より新規居住区の掘削のため多少の騒音と振動が発生します、ご理解ください』


 朝起きてみるとそんな放送がスピーカーから流れていた。また運営がその場の思いつきで行動したのだろう、困ったものだ。


「おはようございますお兄ちゃん……」


 眠い目をこすりながらパジャマ姿のリリーもリビングにやってきた。


「なんか朝からやかましい放送をしてますね」


「いつものことだろ。何か居住区を増やすとかいってたぞ」


「またなんでそんなことを?」


「人類が増えないのは居住可能地域が少ないからだそうだ」


 朝の放送で工事の目的を流していた。きっとそういう問題ではないし、運営は人間の姿を見ているのかも怪しくなるような提案だったが実際にそれが通ってしまったらしい。


「工事がどうこうって言ってましたね」


「ああ、今日からロボットを工事に割り当てるらしい」


「正気なんですかね、ロボットなら農業に割り当てた方がよほどいいと思うのですが」


「まあその辺は合成品の食料で十分だと判断したんだろう」


「クソですね」


 人間を増やしたいなら住める環境の前に生きていて良かったと思える環境を作って欲しいものだ、そんな嘆きは当然届かず運営は場当たり的な施策をすると発表していた。


「あと、騒音と振動に理解をしてくれって話だ」


「はあ……ただでさえ不味いメシに生存確認だけのために生きているのにわざわざそんなことまでやるんですか、ご苦労様ですね」


 そんなことを話していると重機がゴリゴリと岩を削る音がやかましく響いてきた。鼓膜を直接振動させているのではないかと思えるくらいやかましい音だ。しかもその上振動が俺たちの部屋まで響いてくる。


「これは……思った以上ですね」


「ああ、予定区画の近所に住んでたらたまったもんじゃないだろうな」


 その騒音は午前一杯続き、機械のクールタイムと言うことでお昼の静寂が一時訪れた。


「お兄ちゃん、運営に文句を言いませんか? さすがにうるさいしガタガタ震えて酔いそうなんですが」


「言って聞くような連中かね、どうせ『貴重なご意見として受け取っておきます』だろう」


 今まで運営に文句を言ったときは文面をコピーしたかのような決まりきった言葉しか返ってこなかった。この騒音が続くにしてもクレームを入れる意味はあまり無いような気がする。


 そう思っていたのは俺だけのようで、カメラが反応し、家の周囲を動くモノを検知して表示した。


 ディスプレイに映るのは人の集団。俺たちの家より工事区画に近い家の人たちだ。男女一組で十軒くらいの家庭が運営の支所に向かっていた。


「お兄ちゃん! 私たちもいきますよ!」


 いつの間に着替えたのか不明だがリリーは外に出るときの服を着ていた。


 そう言って引かれるままに俺たちを含めた人数が運営の支所に向かって行進をしていた。


 支所に着くと受付の男性が青白い顔を俺たちに向けてきた。しかしそんな体調の悪そうな様子はお構いなしに文句が大量に出てきた。


「あんたら、思いつきで行動するのは構わんが人の迷惑を考えてくれ! やかましくて敵わん!」


「うっさいんだよ! ロクに昼寝も出来ねーだろうが!」


「うるさいんですけど、あの振動のせいで食器が一つ割れたんですけど保証はしてくれるんですか?」


「何をやろうと勝手だが迷惑はかけるなと教わらなかったのか?」


 担当の男の人は顔を蒼白にしながら言った。


「申し訳ありません! ですが私も寝てないんです! あの音! うるさいんです、私の近所だからなんて理由で自宅の隣に機械が来たんですよ!」


 どうやらこの人も被害者らしい。というかなんで運営がそこを狙ったんだ。


「じゃあ運営に言ってくれよ、皆迷惑しているとちゃんと伝えてくれ!」


「わかりました、十分承知したので今回はお帰りください、お願いしますから!」


 職員の絶望的な叫びによって俺たちはめいめいに帰宅させられたのだった。アレに反論することは可能だが、あの職員さんの立場が更に危うくなるのは気の毒に思えてしまった。


 俺たちは帰宅後、あの音があと何日続くのか憂鬱だった……


 ――一方で


「で、近所の人が迷惑だからやめろと言っているわけだな?」


「はい、正直に言うとアレは私でも無理です、お願いですから計画を白紙にしていただけませんか」


 ここは運営と対話が出来る場所。顔色の悪い職員が上長に苦情の一覧を述べているところだった。


「しかしだね、計画として立ててしまったものを取りやめるというのは問題が……」


「ですが実際に集団で支所に押しかけられたんですよ! こっちの身にもなってください!」


 懇願自体よりも運営が反応したのは『集団で』という言葉だった。


「本当に市民達が『集まって』嘆願をしたのかね?」


「そうですよ! 一度にあんな人数を相手にするのは配給所以外ないと思ってました」


「なるほど、それは考慮すべき事だな……」


 そう言って回線は遮断された。運営がどこまで考慮してくれるかはさっぱり分からなかったが、この日常からは一刻も早く任期を満了して逃げてしまいたかった。


 ――自宅


『区民の皆様に大変ご迷惑をおかけいたしました、居住区の拡張計画は地区を変更して行うこととなりましたのでご案内をさせていただきます』


「お兄ちゃん、あのクソうるさい工事機械がどこかに行くんですか?」


「ああ、放送によると近所に人家がない地区で行うらしい」


「結構なことですね、迷惑を考えて始められなかったんですかね」


 それについては不明だが、運営が苦情を真摯に受け止めてくれたということはたしかなようだった。


 ――運営本部


「人が集団で押しかけたと? 本当か?」


「ええ、街路カメラで調べたところ本当に集団になっていました」


「まったく、人が群れたことから前大戦が始まったということを未だに理解していないのか」


「その原因を作ったのは我々でしょうな、計画は変更するべきでしょう。人が群れるのはリスクが高い、その原因は取り去るべきです」


「そうだな……配給所以外で人は集まるべきではないのだ……」


 ――


 こうして一つの計画は変更を余儀なくされたのだった。なお、市街地を大きくはずれたところに作った新居住区は、配給所も遠くなってしまうということで、当面の間、人は住むことがないのだった。

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