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省エネなゲーム

 俺は朝起きてリビングに向かう、今日も相変わらず不味い固形食料を食べるのかと思うと気落ちしてしまう。


 顔をパシャリと洗ってキッチンに行くとニコニコしたリリーが俺に話しかけてきた。


「お兄ちゃん! おはようございます!」


「おはよう」


 なんだか楽しそうだが、この飯がそんなに楽しみだったのだろうか?


「お兄ちゃん! これを見てください!」


 そう言ってこちらに小箱を差し出す。旧時代ならタバコの箱サイズだろうか? 未成年どころか大人でも吸えなくなって久しい代物だ。


「なんだこれ?」


「まあ開けてみてください」


 言われるままに箱を開けるとカードが入っていた。一枚手に取ってみるとスペードのAだった。


「これ……トランプか?」


「そうです! 生産されなくなって大分経ちますがね、私のつてをたどって手に入れたんです!」


「前時代に作られた物か? それにしては新しいような……」


「どうもダークマーケットではしっかり流通しているようでしてね、旧時代を懐かしんでいる人たちはこういう物を作れるらしいです」


 旧時代を懐かしんでいると言ってもその人達が全員戦後生まれで有ろう事は疑う余地も無いが、人間というのは昔は良かったという生き物らしい。


 そんな人たちのグループがあるとは聞いたことがあるが、結局思想矯正にかけられたり、『治療』を受ける羽目になったりしたようだった。


 カードがここまで問題になったのも、やたらと何かを賭けてゲームを始める人が集まってしまったかららしい。


「で、そんなものどこから手に入れたんだ?」


「私の秘蔵のクッキーと交換しました! 真空パックになっているとはいえ賞味期限もありますしね」


 誰だってまともな食料の一つや二つ持っているようだが、コイツも例外ではなかったらしい。


「それで俺と勝負するのか?」


「もっちろん! お兄ちゃんと遊ぶために交換したんですからね!」


 なるほど、しかしカードか……あまり勝負をしたことがないのだがな。


「そうか、ルールはどうする、ババ抜きか? 神経衰弱か?」


 リリーは余裕綽々で言う。


「ポーカーですね、私は結構引きに自信があるんですよ?」


 コイツがくじ運を持っているのは知っているが、すごい自信だな。


「でも俺はポーカーの役をそんなに知らないんだが?」


「ルールブックも一緒にもらってます!」


「準備がいいなあ……」


 呆れながら俺はルールブックを読んで必要な部分だけを暗記した。人間の補助記憶チップのおかげでこういった短期記憶は便利極まりない。脳内に機械が置かれていると思うと気に食わないが実際の便利さには勝てなかった。


「さて、シャッフルしますよ」


 俺とリリーが五枚引く。俺の方はノーペア、何枚交換するか考えて数字の小さい三枚を交換した。一方リリーは交換無しでコールとなった。


「ワンペア」


「ツーペア、私の勝ちですね!」


 負けたか……俺はとっておいた札を一枚渡す。旧時代では一万円と呼ばれていたもので、価値がかなり高かったらしいが今となっては紙としての価値しか無い、皮肉なことに純粋な紙というものがデジタルデータが主流になって贅沢品となっている。


「もう一回」


「いいですよ」


「コール」


「ノーペア」


「フルハウス」


「コール」


「ワンペア」


「スリーカード」


 何度やってもリリーに勝てなかった。気がつけば貯まっていた一万円札の半分ほどをリリーに渡していた。


「お兄ちゃん、ギャンブルに向いてないですね」


「そんな才能は要らん」


 ギャンブルが違法であり、そもそも賭けるものも無い時代にそんな才能は有ったところで役に立たない。どちらかというとリリーの天性としての運の良さのほうがよほどいいだろう。


 ギャンブルで負けたところで実力に出ることもあるし、払うものがそもそも無かったなんて事もある。だからギャンブルに駆け引きがあったとしても最後にものを言うのはパワーだし、賭けるものがある一部の人の楽しみだった。


「まあお兄ちゃんが賭け事に強くてもいいことないですね」


「だろう?」


「このトランプも余り使い道がないですねえ……」


「神経衰弱でもやるか?」


「やですよ、脳内にチップを埋めてるんだから覚えゲーが勝負として成立しないじゃないですか」


「ごもっともで」


 補助記憶チップも不確定要素を減らすためには大いに役立つけれど、不確定要素が必要なときには邪魔なだけだった。


「出かけて街角で賭け勝負でもしましょうかね」


「即連行される未来しか予想できないな」


 他者との関わりは最小限にという指針を無視するとマークされるのは決まっている。そこで賭け事なんかやった日には思想矯正が行われるのは確実だ。


「お兄ちゃんはもうちょっとスリリングな遊び方を思いつかないんですか?」


「知らんがな、遊びなんてものが表舞台から消えてどれだけ経ったと思ってるんだよ?」


 リリーはやれやれと首を振った。


「じゃあ大富豪でもしますか。響きがいいですよね、大富豪」


「リアルで菓子パン一つで何百万円も貰えるんだから大富豪なんて珍しくも無いだろ」


「そういう意味じゃないんですよ、そんな古代に靴を探すのに札を燃やすような富豪は目指してないんですよ」


「あの風刺画なんか覚えるよな」


「まあそれは置いておいて、勝負といきましょうか!」


「分かった」


 十分後――


「はいA二枚」


「パスで」


「じゃあ3で終わり」


「勝てないです……」


「お前ゲームに向き不向きが随分とあるみたいだな」


「そりゃそうですよ……私にだって向かないものはあります」


「もう一勝負するか?」


「意地悪ですね……大富豪って一回負けたら不利が続くゲームじゃ無いですか。無理ですよ無理」


 諦めのいい妹だった。勝てないものは勝てない、諦めも時には大事だ。


「お兄ちゃん、カードゲームは駆け引きだって言いますけど二人だとそんなに関係ないですね」


「今更気がついたのか。昔は五人以上集まって勝負することもあったらしいぞ?」


「今だと絶対拘束されるパターンじゃないですか……」


「何か少人数で出来る面白いゲームは無いんですか?」


「トランプタワーでも作ったらどうだ?」


「私に集中力があるとでも?」


 どうにもならないらしい。


「せっかく買ったのになあ……闇市の品にしては安い気もしたんですよね……」


「まあ使い道がない物はとことん安いからな」


 それでも旧時代の品ならそれだけで最低限の価値は出るのだが……


「諦めろ。それより夕食にしようか」


「分かりました」


 結局、カードは一セットまとめて誰かに売ってしまった。誰であるかは聞かなかったし、どう使うかも聞かなかった。確かなことはそのおかげで俺たちの夕食が少し美味しいものになったということだった。 

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