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文化的な生活

「ぐへへへ……ふへへへ……」


 隣の部屋から含み笑いが響いてくる。よくあることなのであまり気にしていない。リリーが人に言えない趣味を持っているのは周知の事実だ。


 ただ、寝起きに邪悪な含み笑いを聞くのはなんとも言えない気分になってしまう。アイツが何に興奮しているのかは知らないが、せめて静かにすることはできないのだろうか。


 俺は朝食を食べにリビングに行く。水を一杯飲んで固形食料を出してテーブルに着いたところでリリーがやってきた。


「おふぁようごじゃいます……」


「おはよう、夜更かしは程々にな?」


 眠そうにしているがあの笑い声をあげていたのが早朝なのでおそらく徹夜に近いのだろう、何がそんなに楽しいのかは知らないが人生を楽しんでいるようで何よりだ。


「夜更かしなんてしてませんよう……ちょっと早起きだっただけです」


「そうなのか? 何時に起きたんだ?」


「十二時に寝て一時に起きました……」


「ほぼ徹夜じゃねえか!」


 仮眠はとっているようだが、徹夜は健康に悪いぞと主張しておきたい。


「何をしてたんだよ? 徹夜してまでやるようなことがこのご時世にあるか?」


「そ……それは……私には兄妹イチャラブものを読むという使命がありまして……」


 クッソどうでもいい理由だった。つーか本なんて買い込んでたのかねえ、結構いい値段するだろ。


「何をするかは自由だがな、健康には気をつかえよ? 朝飯にするか」


「そうですね」


 リリーの闇の部分については触れない方向で行こう。


「朝飯はゼリーにする、ブロックにする?」


「お兄ちゃんはどっちにしました?」


「俺は固形食料だよ」


「じゃあ私もそれで」


 雑な感じで朝食が決まった。そもそもディスプレイで日常的に流れているものがそもそもアレなので、今更兄妹モノとか普通じゃね? と思ってしまう自分もいる。


 とはいえ当事者がそんな感覚でいいのだろうかと思わなくもないのだが。


 固形食料のブロックを囓るのだが、やはり味が一切しないというのは文字通り味気ない。


「不味いな……」


 思わずそうこぼしてしまう。美味しくないものはないんだからしょうがないだろう。リリーはそれを聞いて愚痴を自分も漏らしてくる。


「そうですねえ……もうちょっと味への配慮が欲しいところです」


 そうして朝の緩やかな時間が流れていった後、リリーは一つの袋を持って出かけようとしていた。


「あれ? どっか行くのか?」


「ああ、読んだ本をトレードに出そうかと……」


「読んだものでも交換できるのか……永久機関みたいだな……」


「そう! これは知の永久機関と呼べる素晴らしいシステムなのですよ!」


「ちなみに交換に出すのは何なんだ?」


 リリーはちっちっちと指を振って分っていないなあと言う顔をする。


「それを聞くのは野暮というものですよ?」


 詳しく聞こうかと思ったがたぶん昨日読んでたやつだろうと思ってやめておいた。永久機関ってすごいね……


 そしてリリーは楽しげに出て行った。できることなら食料もついでに交換してくれると嬉しいのだが、そうもいかないのだろう。


「行ってきます!」と良い笑顔で出て行ったリリーを見送りながら、紅茶かコーヒーの一杯でも飲みたいなあと思った。それが贅沢であることは百も承知だが……


 電子書籍は検閲の限りを尽くされているので面白いものはほとんど無い。面白いものは教育に悪いのだろう、運営の嫌う面白さと、教育への好影響を考えると、読めないものと読まれないもの、どちらも等しく読むことができないという虚しい結論しか出てこない。


 妹はその辺を小細工で読んでいるようだが、羨ましいことだと思う。真似したいかと言えば別問題だが……


「お兄ちゃん! ただいま!」


 良い笑顔で帰ってきた妹に曖昧に笑みを向けてから持ち物の方に目をやる。見た限りだと本以外は手に入れていないようだ。今晩も合成食料になることが確定したのにうんざりしつつ、何を交換してきたのか聞いてみるか。


「リリー、今度はどんな本を買ってきたんだ?」


「お兄ちゃん! その質問はセクハラですよ!」


「その答えだけでどういう本なのか分かるな……」


 とはいえ、今の時代にはそういう本の方が健全と言われるので堂々としていても良いんじゃないかなとは思う。人間同士が争うような本みたいに思想統制に引っかかるようなものではないのだろう。逆に言えばその辺は心配は要らないと言えるので、生暖かく眺めていればいいだろう。


「おや? お兄ちゃんは妹が手に入れた本が気にならないんですか?」


「それで何冊目なのかは知らないがいつも持ってるだろ……いちいち気にしないっての」


「おやおや、お兄ちゃんは素直に興味があると言えませんか? なんと! ヤンデレ妹モノなのですよ!」


 ドヤ顔で言っている妹だが、それはドヤ顔が出来るような内容なのだろうか? ヤンデレ物ってよく知らないんだけどな……


「ふふふ……声も出ないようですね……なんとこの本には幼なじみやぽっと出の空から落ちてくるようなヒロインは出てきません! 純粋に兄妹モノなんです!」


「自慢げに語るような事じゃないだろ……ヒロインが複数いると、このご時世には問題になるのは分かるけど、わざわざそこに配慮して選んだのか?」


 一夫一妻制を崩すような本は消されつつあるのだが、そういうのが嫌いなのだろうか?


「いえ、そこは突然のNTRをされないための私の趣味です」


 清々しいまでに欲望に忠実だった。コイツは兄妹モノの本を読んでは似たようなジャンルと交換しているようだ。まさに永久機関といってもいいだろう。


「好きな本を読むのは自由だが……俺はあんまり興味無いな」


「お兄ちゃんは私というパーフェクトに可愛い妹がいるんですから妹モノを読むべきだと思いますよ! それとも……私自身でないと満足いきませんか?」


「ちげーよ! お前の発想にはビックリだよ! 自分が世界の中心だとでも思ってんのか!?」


「当然ですよ! 私はお兄ちゃんに好かれるのが自然の摂理であって、誰も疑問を挟む余地がないことなんです! だからときにはその愛情が重くなってヤンデレ化するのも至極当然と言えるわけですね!」


「えー……」


 自分優先の心は多少なりとも誰でも持っているが、ここまで自分大好きなやつはそうそういないだろう。俺は自分の常識が信じられなくなってきた。


「そういうわけなので今晩はこの本を読みますので夜這いはまた別の日にお願いしますね!」


「発想が飛躍しすぎだ!」


 その晩、隣の部屋から延々と聞こえてくる嬌声に名状しがたい気持ちで悶々と過ごすことになった、ヤンデレって怖いね……

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