第8話 おかえりなさい。でも、この状況はまずいのではないでしょうか。
「じゃ、俺もそろそろ任務に戻る」
「ああ、すまなかったな」
「いや、楽しませてもらった。上官殿の姫君は、可愛いな? あと、無理のし過ぎは良くない。ライラに癒してもらった方が良いぞ?」
「……早く任務に戻れ」
アルベルト様が戻ると、ロバート様は仕事へと帰っていった。
どうも今日は、宿直業務だったらしい。
私なんかと遊んでいて、大丈夫だったのだろうか。
「キュイ(申し訳ない)…………」
「――――ライラ? ロバートが帰ってしまって寂しいの?」
アルベルト様に背中を向けて抱き上げられている私。
なぜか少しだけ、不機嫌さを声に滲ませているアルベルト様。
――――何か、不機嫌になるような要素がありましたか?
それにしても、深夜になる前にアルベルト様が寮の自室に帰ってくるのは、ここ数日で初めてのことだ。
いつだって、起きて待っていようと思うのに、私が眠ってしまってから帰って来て、アルベルト様が支度をしている気配で私は目覚める。
いくらなんでも働きすぎだと思います。
それに、なんだか持ち上げてくれている、温かくて大きなその手。
なんだか今日は少し、熱い気がします。
なぜか今日は、帰って来たのに抱きしめてくれない。
そのまま床に降ろされてしまった私に、何か気づかれたくないことでもあるみたい。
たぶん、これは……。
私は、背中の羽をパタパタと羽ばたかせると、ゆっくり宙に浮いた。
さすがに夜遅くには、誰も居なくなるアルバート様の私室。
眠くなるまで、毎晩練習してきた成果を発揮する。
なんとか、アルベルト様と目線が合う位置まで浮かぶことができた。
額に額をコツンとくっつける。
「――――ライラ?」
アルベルト様の瞳が、潤んでいる。
熱のためだろう、触れた額の温度は、ひどく熱かった。
少し浮かび上がっただけで、疲労感が押し寄せる。
浮かぶには、小さすぎる羽。
竜が飛ぶためには、物理的な法則だけでは無理なのだろう。
体の中にある、何か大切なものが、やはり減ってしまったのを感じる。
……無理したらダメですよ。もともと、働きすぎだけど、私を連れて来てから、なおさら忙しそうにしているって、お世話をしてくれる団員の皆様が言っていましたよ?
床に降りた私は、黒い騎士服のズボンをくわえて、寝室の方に引っ張る。
アルベルト様は、苦笑して「少し、魔法を使いすぎただけだから」と言った。
「キュイッ!!」
私は、怒って大きな鳴き声を上げる。
調子が悪いからと、早めに帰室させられたに違いない。
団員の皆様も、心配していましたよ!
しばらく、私のことを見つめていたアルベルト様は、あきらめたみたいに、息を吐く。
「――――じゃあ、ライラも一緒に寝ようか?」
「キュイッ」
仕方がないですね。竜の体温は冷たいので、冷やしてあげましょう。
たぶんあの時、私たちは二人とも、私のまるまるとした見た目に騙されてしまっていたのだと思う。
それに、思った以上にアルベルト様の熱は高くて、普段は思慮深いアルベルト様は、正常な判断が出来ていなかった。
私がしっかりしなければいけなかったのに、竜の思考は、たぶん人間のそれと少し違うのだ。
竜の思考は、単純で明快らしい。
優しいアルベルト様のそばにいられることを、素直に喜んでしまった。
布団で、ギュウッと抱きしめられると、ハーブのように爽やかで、それでいて南国の花のように私のことを誘うような、アルベルト様の香りが漂う。
アルベルト様は、その黒いまつ毛で彩られた瞳を閉じて、珍しいことにすぐに寝息を立て始めた。
そういえば、魔力を使いすぎると、人によっては発熱をはじめとする体調不良、または急激な眠気に襲われるのだと、聞いたことがある。
長いまつ毛が、薄暗い室内の微かな室内灯の光で、アルベルト様の頬に長い影を作る。
――――でも、この状況、まずいのではないだろうか。
そこでようやく、私は人間として、いたって普通の結論に達した。
よく考えたら、未婚の男女が同じベッドで寝ているなんて、おかしな状況だ。
その瞬間、体温なんてほとんどないはずの頬がひどく熱くなり、心臓が痛いほどに鼓動を早める。
体の中で流れる何かが、沸騰するみたいに私の体を取り囲む。
気がつけば、アルベルト様に抱きしめられたまま、私の体は人間に戻っていた。
お気に入りのブランケットを、慌てて体に巻き付ける。
早く、ここから出なくては。アルベルト様が、目を覚ましたらどうしよう!
それなのに、ごっそり体から抜けてしまった、何か大事なもののせいなのか、この前と同じで、どうにもならないほど眠い。
それに、アルベルト様が抱きしめてくる力が強すぎで、身動きもとれない。
――――限界……だわ。
明日、絶対にアルベルト様より早く起きよう……。
それだけを決意して、私は抗うことのできない眠りへと落ちていったのだった。
最後までご覧いただきありがとうございました。
『☆☆☆☆☆』からの評価やブクマいただけるとうれしいです。