第7話 この生活に慣れてしまったらいけないのです。
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あれから数日。すっかり、ここでの生活にも、竜の姿にも慣れつつある私は、やはり順応性が高いに違いない。
まあ、ちがう人(竜)生を歩むのも二度目なのだもの。悩んでばっかりいるのも、性に合わないし。
お気に入りのブランケットは、アルベルト様のお下がりだ。それを巻きつけていると、アルベルト様がそばにいるみたいで、とても安心する。
「ライラ、こっちこ〜い」
アルベルト様はお仕事中。代わりにロバート様が、護衛と称して、私と遊んでくれている。
美味しそうな串焼き肉を片手に、ロバート様が手招きする。
竜の姿では、精神年齢が下がってしまうのかもしれない。でもそんな、そんな食べ物なんかに釣られたりしないんだから!
「ライラ、ヨダレが垂れてるぞ?」
「キュイッ(うそっ)」
慌てて口周りを手で拭いていると、ロバート様はお腹を抱えて笑い出す。騙された。
護衛をしてくれるのは、ロバート様ばかりではない。竜騎士団の寮で暮らし始めた私は、今や竜騎士団員のマスコット的存在だ。
思った以上に、竜騎士たちは仲が良かった。
そして、竜のことをとても大切に思っていた。
この中で、つい先日まで働いていた父に、ふと思いを馳せる。竜騎士団でお世話になって初めて、父が竜騎士団の団長を務めていたことを知った。
18歳になったら、話してくれるつもりだったのだろうか。仕事に関することを、父は話してくれなかったから、それすら私は知らなかった。
もっと、知りたかった。もっと、話がしたかった。
そう思ってしまうと、もうダメだった。
一回、泣いてしまったあの日から、すっかり私は泣き虫になってしまった。
だめ。ロバート様が、本当は私を元気付けようとして、こんなふうな構い方をしてくれているんだってこと、知っているんだから。
「……あー、泣くなよ嬢ちゃん。こう見えて、御令嬢の涙には弱いんだ……。ほら、串焼き肉食べろ」
ほら、ロバート様が困った顔になってしまったわ。
父の代わりに団長に昇進したアルベルト様。アルベルト様は、高貴なお方らしい。
それでも、竜騎士団は完全な実力主義で、ロバート様は平民の出でありながら、アルベルト様の副官を務めている。
言動からは、軟派な印象を受けるけれど、職務に忠実で、有能で、とても面倒見が良い。肉に釣られたわけじゃない。本当のことだ。
他の隊員たちは、私のことをアルベルト様のペットの子竜だと思っているけれど、ロバート様だけは、私の事情を知っている。
アルベルト様から話を聞いていたロバート様は、父には恩があるからと、二つ返事で協力を申し出てくれた。
泣いていても何も解決しないのは、経験済み。
私はロバート様が用意してくれた串焼き肉にかぶりつく。
本当は、お菓子も食べたいのだけれど、この姿の時にお菓子を食べて大丈夫かがわからないと、お預けをくらっている私。
早く人間に戻りたいものだわ。
ハグハグと、お肉を食べ続ける私を、ロバート様が慈しむような瞳で見つめていた。
「…………キュイ」
汚れてしまった口を、タオルで綺麗に拭いてくれるロバート様。口では色々言っていても、ロバート様は面倒見がいい。
その、あまりの万能さに感激して、潤んでしまった目で見つめていると、ふわっと体が浮き上がる。
「……ただいま、ライラ」
アルベルト様! お帰りなさい!
待ちに待っていた人が、ようやく帰ってきたのが嬉しくて、抱き上げられたまま、思わず背中の羽がパタパタと勢いよく動いた。
「ロバート、ライラの護衛、感謝する。何か変わったことはなかったか?」
「ああ……。今の所は。だが、噂は既に広がっているぞ。金色の瞳は、やはり別格だからな」
私のことですか? たしかにこんな色合いの竜、見たことないですものね?
ゆらゆら揺れる尻尾を見つめる。
なぜ、私は髪の毛にしても鱗にしても、こんなに派手な色なのか。
「そうだな。まあ、この姿なら俺のペットだと言えば、手出しが出来る人間はいないが……。でも、ライラは人間だ」
そう、私は人間のはず。竜の姿に、だいぶ馴染んでしまったけれど、元に戻らないことには始まらない。いくら一生懸命キュイキュイ言っていても、私の言葉はアルベルト様にも、ロバート様にも通じないのだから。
私は、気合を入れて「キュイッ」と鳴いた。
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