竜玉と約束
本日、電子書籍配信です。
記念、後日談をお贈りします。
ちょっと、甘めです。
風に愛された姫は、夜の竜王様の森にいる風と仲がいい。
高い木の上によじ登れば、風が空色の体を、くすぐっては通り抜けていく。
「キュ?!」
ハート形の木の実を、取ろうとしたら、木からずり落ちてしまった。
でも、ご心配なく。私の小さな羽では、空を長時間飛ぶことは相変わらずできないけれど、この森の中限定ならば、風の力を借りてこの通り。空に浮かぶことだって。
「キュイ?」
「――――ライラ、危ないことをしないでって、言っているのに」
だって、竜は好奇心が旺盛なのだ。
欲しいと思ったものは、何としても手に入れたいと思うし、やろうと思ったことはすぐに行動に移す。
自由気ままな存在。それが竜。
「キュイ、キュイイイイ(アルベルト様も、竜になってしまえばいいと思います)」
「俺は……ライラを守ることが出来る、騎士でいたい」
ギュッと抱きしめられてしまう。その腕の中に、すっぽりと納まってしまう、小さな存在。
胸がときめいてしまいます。ほら、心臓が強く波打つみたい、冷たいはずの竜の体は、熱い炎の塊みたいに。
「――――アルベルト様」
「ライラ、とりあえず服を着ようか」
バサリと巻き付けられた、赤いマントは、アルベルト様の爽やかで甘い香りがする。
この森の中の、風と同じ香りがする、アルベルト様のマント。
しばらくの間、羞恥心を忘れて、その香りに包まれる。
準備万端に用意されていた、メイド服。
ところで、ほかの服装という選択肢は、ないのでしょうか?
王都から定期的に届けられる私の服は、メイド服ばかりだ。
竜騎士団の新たな団長様の、作為的な何かを感じなくもない。
今日のメイド服は、クラッシックなロング丈なのですね?
メイド服を着こめば、ようやくアルベルト様が私と目線を合わせてくれる。
風の魔法でドレスを作ることも出来るけれど、あくまで応急処置。
先日は、危うく途中で魔力が切れかけて、ロバート様の目の前で、大変なことになりかけた。
なぜか、とても手慣れているロバート様が、その前にマントでくるんでくれたので、大事には至らなかったけれど。
「――――それで、どうしてあんなに高いところまで、登っていたの」
「それは……」
本当は、秘密にしていたかったのだけれど、ずり落ちてしまった自分が腹立たしくなる。
竜の時と、人の姿をしている時の思考は、ずいぶんとずれがあるようだ。
今の私は、危険を顧みずに、短い手足で、高い木に登るなんてことが危ないって、十分理解できる。
竜の時は、赤いハートの木の実をアルベルト様にプレゼントしたいと思ったが最後、木に登らずにはいられないのに。
赤い木の実は、ハートの形をしている。
それは、かつて、夜の竜王様のために、風に愛された姫が手に入れた木の実だ。
ほら、まるで、アルベルト様のことが好きだと言っているみたいに、可愛らしい赤い木の実は、ハート形をしている。
「……ロバート様から、アルベルト様が、誕生日だと聞いたので」
「え? 俺の……誕生日?」
この様子では、自分の誕生日なんて忘れていたに違いない。
アルベルト様は、自分のことをないがしろにしてしまうところがある。
アルベルト様は、先代国王と竜騎士団の女騎士の間に生まれた。
そして、竜の最上位を意味する漆黒の色のせいで、命を幾度となく狙われながら、竜騎士団で守られて育ってきた。
「――――もっと、素敵な贈り物をしたいのですが」
「その気持ちだけで、もう十分……。いや、そうだね。もしも、我儘を言ってもいいのなら」
滅多に我儘なんて言わないアルベルト様。
そんな、アルベルト様の我儘なら、私はどんなことだって聞いてあげたい。
「――――アルベルト様の願いなら、なんでも叶えますよ」
「なんでもなんて、そんな簡単に言ってはダメだよ。でも……」
腰に差していた、剣に嵌った竜玉は、私の色と同じ、空色をしている。
その竜玉に、アルベルト様が、ほんの一瞬だけ口づけたのを、まるで物語の一幕みたいに、目を離すことが出来ず見つめる。
「ライラの誕生日が来たら、竜玉をくれるかな?」
私の竜玉は、その剣に嵌っているではないですか。もうアルベルト様のものですよ?
差し出した木の実を、アルベルト様が、私を見つめながら一口かじった。
「――――今日じゃ、ないのですか」
「うん。おいしいものは、あとに取っておく主義なんだ」
かじられてしまったハートの木の実は、まるで私の心みたい。
少しだけ怖いと思うと同時に、早くアルベルト様にかじられてしまいたい。
「キュ、キュイイ?」
「大事なことを言おうとすると、竜になってしまうなんて、ズルいな」
「キュ、キュイイ(不可抗力です)!」
「――――いいよ。待っている時間も、楽しいものだから。それに、ずっと俺のかわいいペットでいて欲しい気持ちも、本当だから」
たぶん、あと少ししたら、私のペット生活は、終わりを告げるのだろう。
その日まで、きっとまだまだいろいろなことが起こるけれど、それは、まだこれから先の未来のお話なのだ。
アルベルト様が、私の鼻に自分の鼻先をこすりつける。
それは、竜の愛情表現だ。
今日のアルベルト様は、いつもの爽やかで甘い香りのほかに、私の大好物でもある、ハート形の木の実の、甘酸っぱい香りが混ざっている。
今日は、なんだか、人の姿と竜の姿を、何度も行き来している気がする。
使い切ってしまったらしい魔力のせいで、アルベルト様にもたれかかって眠る。
「――――俺の可愛いライラ。遠いあの頃から、君の竜玉が欲しくてたまらなかった」
アルベルト様のどこか、ほろ苦い笑いを含んだ言葉が、温かくて幸せな腕の中で、遠く聞こえた気がした。
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