夜の竜王様の森と小さな竜
4月14日電子書籍配信を記念して、少しだけ後日談をお届けします。
コロコロと、一匹の小さな空色の竜が森の中を駆け回る。
飛ぶのは苦手なその竜は、かといって走るのが速いというわけではない。
「――――キュイッ!(落ちこぼれって言わないで下さい!)」
それは、すでにこの森では見慣れた光景だ。
竜たちは、仲間意識が高く、仲間を裏切ることは決してない。
つまり、メイド服を身にまとって、くるくると良く働くライラも、空色の小さな竜も、竜たちにとってはすでに仲間で、家族のようなものなのだ。
いつの間にか、竜騎士たちの一部や、各地に散らばっていた竜の血が濃い竜人たちも、この森に集まってきて、いつの間にか小さな町が出来上がりつつある。
ましてや、彼女は、竜と竜人たちが敬愛する、竜騎士団先代団長の愛娘。
そして、ほむらより前、竜や竜人たちと苦楽を共にした、空色の竜の愛娘でもあるのだから。
「――――え? みそらの話が聞きたい?」
振り返ったロバート様が、チョコレート色の瞳を瞬かせる。
ロバート様は、竜騎士団長としての激務の間に、いずみの背に乗ってこの森にやってくる。
すこし無精ひげが目立つロバート様は、『できれば、この森にずっといたい……』と先日呟いていたけれど……。大丈夫だろうか。
「そうです。お父様とお母様の馴れ初めとか……」
「ん? そうだな。ベリア殿は、ライラが十八歳になったら、話す気だったようだから……。俺が話してもいいのか?」
今日は、もう洗濯もお掃除も終わってしまった。
そして、いつも忙しいロバート様は、非番だというのに私の護衛を買って出てくれている。
休みの日まで、申し訳ない……。でも、こんな森の奥で、どんな危険があるというのだろう?
せめて、お話をしながら、少し休んでもらいたいと、私は紅茶と甘いお菓子を用意する。
持ってきてくれたのは、ロバート様だけれど……。
「そうだな……。みそらとベリアは、いつも一緒にいた。みそらは、人の血が濃い竜だから」
「――――人間の姿に」
「ああ。だが、竜は王国に縛られる存在だ。……だから、ライラを身ごもったみそらは、王都から離れ、森の中に姿を消した。そこは、王国の力が及ばない、夜の竜王が治めていた森だ」
そうだったのね……。そこで私は、生まれたのだわ。
でも、それならどうして私は、母ではなく父に育てられたのだろう。
「――――生まれた娘は、竜の姿であればみそらが、人の姿であればベリアが育てることが、二人が決めたことだったから……」
つまり、生まれた時の私が、人間の姿だったから、父が育てることになったというわけなのね。
思わず私は、ロバート様ににじり寄る。
「もし、もしも、王国に竜の存在が縛られていなかったら……」
「――――それは」
その時、ほむらの背に乗ったアルベルト様が、空から舞い降りた。
ほむらは、私とアルベルト様だけは、その背に乗せてくれる。
どうしてもの時は、ロバート様だけは乗せてもいいと、先日、実に嫌そうに言っていた。
ほむら本人によると、自分は誰にもなびかない、孤高の竜らしい。
そんな、ほむらも認めるロバート様のことを、私はとても尊敬している。
「ライラ」
「アルベルト様!」
マントを翻して、音もなく竜から飛び降りる姿は、まるで、初めて出会ったあの日を繰り返しているみたいだった。いつみても、アルベルト様は、素敵だ。
「ライラ……。ただいま」
なぜか少しだけ不機嫌?
アルベルト様が、こんな風にはっきりと感情を表すのは、珍しい。
「お帰りなさい、アルベルト様!」
「ただいま。……ずいぶん楽しそうだったね」
「え? そうですね」
「ロバートの香りがつくほど、近くにいたの?」
その瞬間、強く抱きしめられて、マントの中に隠されていた。
竜は、敵とみなした人間の香りが、愛しい相手につくことを、ひどく嫌う。
――――でも、ロバート様は、敵ではないです。
一緒に飛んできたいずみが、ロバート様のことを鼻先でつついている。
なぜか、いずみまで少し怒っているように見える。
ロバート様。平気な顔をしているけれど、ちょっと、痛そうだ。
「お父様と、お母様の話を聞いていたんですよ。――――疲れているんですか?」
「え? ベリア殿の? いや……そんなこと、ないけれど」
アルベルト様の、そんなこと、ないは、信用できない。
各地から集まった竜や竜人の調整で、アルベルト様がものすごく忙しいこと、わかっているんですからね?
「では、ゆっくりしましょう?」
私は、マントの中で鼻先を思いっきり擦り付ける。
触れ合った時、当然のように二人の間で交換される魔力の流れが心地よい。
大好き香りと、温かい魔力に満たされて、私は幸せをかみしめた。
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