氷竜と騎士団副官
これは、青みを帯びた銀色、氷のような竜と、その力で平民から竜騎士団副官にまで上り詰めた、ある竜騎士の物語。
「――――だから、乗せてくれって」
「キュイッ!」
もちろん竜は、自分が認めた人間しか、その背に乗せない。
こんな風に、竜に頼んだところで、認められなければ、その背に乗ることは出来ない。
それは、竜騎士団の常識だ。
ましてや、チョコレート色の髪と瞳をした男性は、そのことをよくわかっているはず。
だって、そのお方は、平民でありながら、王国の精鋭部隊である竜騎士団の副官まで上り詰めた男なのだから。
「どうして、ロバート殿は、いずみにこだわるんですか?」
「はぁ……。分かっていないな。ベリア団長の愛竜ほむらを除けば、いずみが竜騎士団の竜の中で一番の竜に決まっているだろう?」
「え? ほかの竜たちだって、素晴らしいですよ? 特に俺のみどりなんか最高の……」
竜騎士団所属の騎士達は、自分の愛竜たちに並々ならぬ愛情を注いでいる。
もちろん、副官殿であるロバートもそれは変わりない。
「ロバート殿? ベリア殿が呼んでいますが」
「お、アルベルトか。お前は、次期団長だからな。もう相棒は決まったのか?」
アルベルトの髪と瞳は、竜人たちの中でも特別な黒色。
それは、夜の竜王と呼ばれた、竜たちに語られる伝説の存在と同じ色合いだ。
だから、どの竜だって、アルベルトが望めば、首を垂れて、その背を差し出す。
だが、最前線に駆り出されるアルベルトには、まだ決まった竜がいない。
まだ、少し幼さが残るアルベルトの姿を、複雑な思いでロバートは見つめる。
アルベルトには、ずっとともに戦ってきた、竜騎士だった彼女の面影が、色濃く残る。
「キュイッ!」
竜騎士仲間だった、アルベルトの母を思い浮かべたとたん、いずみが不機嫌な声を出した。
「――――え? いずみ?」
氷の色をした竜、いずみは、アルベルトをしっぽで掴むとその背に乗せる。
そして、ロバートに意味深な視線を投げかけてくる。
その日から、いずみは、ロバートの愛竜であると同時に、アルベルトの竜になった。
「えっと……。それは、俺がほかの竜に乗ってもいいってことか?」
「キュイイイイッ!!」
もちろん、そんなことは、許されない。竜は、自分が気に入った相手に、ほかの竜の香りが付くことをひどく嫌う。だから、当たり前のようにロバートは背中をしっぽで叩かれる。
「……うーん。まあ、たとえ竜に乗らなくたって、俺は強いからな」
それは、誰もが認める事実だ。情に厚くて、書類仕事も完璧な竜騎士団の副官。
おそらく団長であるベリアと、次期団長と目されるアルベルトと戦って、もしかしたら勝てるかもしれないのは、唯一、副官であるロバートだけだろう。
――――だが、竜に乗れない竜騎士。それは竜騎士といえるのだろうか。
ロバートと、いずみのいつものやり取りを見つめながら、竜騎士団員たちはそんなことを思う。
だが、戦いになれば、頼りになる男だ、我らの副官殿は。
『――――ロバートが、アルベルトを守ってあげたいって願うから、私が守ってあげるのよ!』
ふんっと、首を向こうに向けて呟いた、いずみの言葉は「キュ! キュイッ」と響き渡るだけだ。
それなのに、竜の言葉がわかるわけではないはずの、ロバートは、なぜかその笑みを深める。
「まあ、俺の考えを正確に理解してくれる愛竜は、お前しかいないからな」
「な、なななな! 何言っているのよ!」
二人きりになったとたん、美しい女性の姿になったいずみを、いつものようにロバートは、誰からも見えないようにマントでくるんだ。
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