夜の竜王様と風に愛された姫 2
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朝日の色は、夕日のそれよりも好きだ。
静かな森に響き渡る小鳥の鳴き声。木立と木立を飛び回っているらしい、小さな生き物の気配。
好きだ……。この香りには、負けるけれど。
「――――ん」
目を覚ますと、一糸まとわぬ姿に、大きな布が掛けられているだけだった。
驚きのあまり、その布を巻き付けて起き上がる。
白くて細い、長い手足。昨日までの空色のずんぐりとは、大きく違う。
「人間に、戻った」
顔をあげると、いまだに黒い竜の体に寄り添っていた。温かくないはずのその体、寒くないのは、魔力で温められていたからだろうか。
「――――魔力、ないって」
魔力がなくなると、ひどい酩酊感と、体調不良、そして眠気に襲われるはずだ。こんなことに魔法を使ってしまったら、回復が遅くなってしまうのではないだろうか。
(途中で、気配が変わって目覚めたら、人間になっていたから驚いた)
「――――竜王様が、掛けてくださったのですか?」
(今は、魔力が途切れているから……。そんなものしかなくて、すまないな)
布は、ごわごわしている。野営にでも使われたのだろうか、軍人が多用途に使うポンチョのようだ。
「ありがとう、ございます……」
どうして、竜と人間なのに、問題なく意思疎通ができるのかと不思議に思いながら、離れがたくもう一度、鼻を摺り寄せる。竜だった時と違って、竜の素肌はザラリとした感触だった。
(本当に、大人のくせに、子どものようだな……。さて、人と竜の血を受け継いでいるようだな。竜人か、珍しい)
竜人? 初めて聞いた言葉に、頭を傾かせる。そういえば、神殿に勤める時に、父が言っていたかもしれない。もし父がいなければ、十八歳の誕生日は、誰にも会わずに過ごすようにと。
竜と人の狭間で、選ばなくてはならないから、と。
言いつけを守ろうとして、神殿から一日お休みをもらった私は、生まれ育った家に戻ろうとしていた。
そこに、もう父はいなかったけれど……。
人目を避けて、早朝の道を歩いていたのに、不思議なことにあの、スパイスの効いたミルクティーのような香りがして、気が付けばあの少年の前にいたのだ。逃げ出した私は、いつの間にか小さく変わってしまった、竜の姿を見とがめられて、武器を持った人たちに追いかけられ、今に至る。
(――――ほかの竜の香りがするな。別の竜人にでも出会ったのか?)
「え……」
(なぜなのか、ほかの香りを纏っていることが、ひどく腹立たしいな……)
竜のしっぽに包まれて、抱き寄せられた。
目の前に、漆黒の瞳が現れる。その瞳の中に、空色の髪と金色の瞳をした、私の姿が映る。
(――――金色は上位竜の証だ。俺の黒色と同じ。望む、望まないにかかわらず)
その体に、温度はないはずなのに、なぜかとても温かくて。抱き寄せられた大きな竜に、私はそっと体を寄せた。
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