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夜の竜王と風に愛された姫 1

電子書籍化決まりました。近日中に、詳細告知します。

読んでいただいた皆様に、感謝を込めて、記念SSや番外編を更新します。


過去編、夜の竜王様との馴れ初めをお贈りします。



 まだ、森の闇は深く、人と竜は、遠い存在だった。そんな、深く閉ざされた森に、小さな小竜が、「キュイ」と小さく鳴いて、迷い込んだ。

 いたずら好きなこの森の風のせいで、よろめきながら前に進む小さな空色の竜は、まるで何かに誘われるようだった。


「キュィ(心細い)」


 ぽろぽろ涙をこぼしながら、なぜこんな状況に陥ってしまったのかと、震えながら私は前に進んでいた。カサカサと、前に進むために踏みしめられる落ち葉が音を立てる。

 数日前まで、幸せに過ごしていた私は、ある少年と出会った直後に、竜に姿を変えてしまった。


 空色の髪と金色の瞳を持った私は、風に愛された姫として神殿に仕えていた。

 それなのに、竜になってしまった私を、周囲は神による呪いだと言って、殺そうとした。


 逃げて、逃げて、いつの間にか空を飛んでいた。


 もしかしたら、紅の瞳をした灰色の狼みたいなあの少年の元に逃げ込んだら、助けてもらえたかもしれない。ううん、絶対助けてくれたに違いない。

 でも、あの香り……。

 私は、甘ったるくスパイシーなあの香りを思い出す。

 嫌いな香りというわけではない。むしろ、惹かれてやまない香り。


 私の心を、意のままにしようとする、抗いがたい香り。


「キュイィィ……」


 美しい夕焼けが、森の中を茜色に染めていく。普段なら心躍るだろう。

 でも、今は、もうすぐ訪れるだろう、漆黒の闇が恐ろしい。


 寝床を見つけなければならない。残念なことに、私は夢の中で見た過去や未来を告げることはできるけれど、魔法の才能がない。この姿では、火の一つも、手に入れることが出来ない。


 しばらく歩き、当たりが薄暗くなった頃に、ようやく見つけた巨大な木の洞、誰もいないようだ。

 ここなら、小さな体になってしまった私は、入ることが出来ても、大きな獣は入ることが出来ないだろう。


 その時、びゅうっと強い風が吹いて、木の洞の中に乾いた枯葉が積みあがった。

 運がいいのかな? そんなことを思いながらそこに入り込めば、思いのほか暖かかった。


「――――キュイ」


 自分の声が出ないことに、違和感を感じながら、そして暗闇に怯えながら、私は枯葉の布団の中にもぐりこんで、丸くなった。



 ✳︎ ✳︎ ✳︎



 ――――いい香りがする。

 爽やかで優しくて、甘い香り。

 好きすぎるその香りに、思わず鼻先をこすりつけたくてたまらなくなる。

 いったいこれは、なんていう気持ちなのだろう。


「――――キュ?」


 ずるずると、体が引きずり出される感覚に、目を覚ます。

 気が付けば、目の前には、大きな竜がいた。


『ひ……』


『――――驚かせてしまったか、すまない』


 そこには、大きな黒い竜がいた。

 恐怖で動くことが出来ないと同時に、心の半分がその黒い竜から香ってくる香りに震えるほどの喜びを感じている。


『あ……あなたは』


『俺か? 俺は、そうだな夜の竜王と呼ばれているな? 空色の竜の子どもか。珍しい』


『子どもじゃないです……。成人してます』


『成人? 大人のはずが……。いや、番に出会わずに生きてきたのか』


 初対面の竜に、こんな風にするなんておかしいと思いながら、本能らしきそれに逆らうことが出来ずに、鼻先を摺り寄せる。

 いい香りがする。


『この香り……好きぃ』


 不躾にも、竜に擦り寄って、思わず呟いていた。

 仕方がないの。こんな香り、嗅いだことがない。頭の中が、幸せでいっぱいになってしまうくらい、全身が、幸せな香りに満たされていく。


 竜王様は、その動きを止めると、『やはり、子どもだな。こんな、簡単に親愛の情を表すなんて』と、さもおかしそうにつぶやいた。

 子どもじゃないです。そう言い返したいのに。だって私はもう、十八歳だ。そう、あの少年と出会って、竜になってしまった日に、十八歳になったのだから。


『しかし、いい香りだな……』


 それなのに、竜王様が鼻先をなぜか私に擦りつけてきた瞬間、冷たいはずの体が、上気した。きっと、人間の姿だったなら、真っ赤に全身を染めていたに違いない。


『――――っ、あの竜王様』


『申し訳ないが、詳細はあとに。少し、魔法を使い過ぎたから』


 ドサッと、横になっただけで地面が揺れる大きな体。

 それに比べて、元の人間の姿よりも、なぜかはるかに小さい私の体。


『怪我……しているのですか』


『魔力が回復すれば、すぐに治る』


 半分眠りかけているだろう、そのかすれた声。

 私みたいな、知りもしない人間、今は竜の前で、無防備すぎないだろうか。

 眠るその瞬間、その香りがより強く香ってくる。


 安心するその香りに誘われて、私はもう一度その体に擦り寄る。そして、訪れた急速な眠気に抗うことが出来ず、眠りについたのだった。




 

 

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本の虫令嬢ですが「君が番だ! 間違いない」と、竜騎士様が迫ってきます
本大好き(むしろ本しか興味なし)な男爵令嬢が、竜騎士様の番認定されて、巻き込まれていくファンタジーラブコメです。
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