第4話 どうして一緒に落ちちゃうんですか。
ほむらに乗っている時より、安定した羽ばたきでアルベルト様の竜は空高く舞い上がる。
それとも、私のことを守るみたいに抱きしめて支えてくれている、アルベルト様がいるからそういうふうに感じるのだろうか。
どんどん、今まで暮らしていた屋敷が小さくなっていく。
父との思い出が、遠くなっていってしまうみたいで、私の両目から大粒の滴がこぼれ落ちる。
それは、父がいなくなって、初めて流した涙だった。
私の涙に気が付いてしまったらしい、アルベルト様は私の髪の毛をそっと撫でた。
「――――心の準備もさせてあげられなくてごめん」
本当に申し訳なさそうに、アルベルト様が謝罪する。
「アルベルト様のせいじゃないです。私のことを、何かから守ろうとしてくれたんですよね?」
それが何なのか、今の私にはわからないけれど。
たぶん、それは18歳になったら父が話してくれると言っていたことと関係があるような気がした。
私の言葉を聞くと、アルベルト様が私のことを支える両腕の力を少し強めた。
「ライラは、俺のそばにいて。守ってあげられると思うから」
「――――アルベルト様、どういうことなのか話してもらえますか?」
「……べリア殿には、何も聞いていないんだね」
「18歳の誕生日を過ぎたら、大事な話をしてくれると父は言っていました。私は先日、18歳になりましたけれど、父は……」
アルベルト様は、少なくとも私自身より、私の置かれた状況について知っているようだ。
重い沈黙は、それが私の想像よりもずっと深刻であることを、すでに告げているみたいだった。
「ライラ……。君が竜と話せるということだけれど」
その時、急に風圧が強くなり、アルベルト様と私を乗せた竜がスピードと高度を上げた。
(ライラ! ちゃんと、アルベルトに支えてもらって! 落ちないでよ)
明らかに、アルベルト様が緊張を強めたのが、背中越しにわかる。後ろからついてくるたくさんの気配。
知っている。こんな気配を持つ生き物、私は一つしか知らないもの。それに、聞きなれた羽ばたきの音。全てが、一つの事実を私に伝えている。
アルベルト様から漏れた吐息は、諦めではなく何かを決意するものだろう。
――――どうしよう。アルベルト様が行ってしまう。止めなくちゃ、もしかしたらお父様みたいに。
「いずみ……。ライラを落とすなよ。ライラはしっかり掴まっていて。魔法で補助するから」
私を抱きしめていた、力強い腕が離れて、バランスを崩しかけた私は、いずみと呼ばれた竜の背にしがみつく。その瞬間、アルベルト様が掛けてくれた魔法だろう、体重が軽くなったみたいに、私の体に重くのしかかっていた風圧が弱まる。
何とか振り返ると、アルベルト様はいずみの背に立って、魔法陣を構築しているところだった。
でも、私たちを追いかけているのが竜で、しかもその背に乗る騎士が、王家の紋章を描いた旗を掲げているのを見て、私はヒュッと息を呑む。
……王家の直属部隊?
どうして、非常事態だけに招集するはずの、直属部隊に追いかけられているの?
「アルベルト様っ!」
王家の直属部隊に、攻撃なんて仕掛けたら、アルベルト様の立場は……。
「だめっ!」
思わず私は、バランスが崩れるのも構わず立ち上がった。止めなければ、取り返しがつかないことになる気がした。
私の水色の髪が、上空の強い風になびくのを、目を見開いたままアルベルト様が見つめる。その手に構築されかけていた魔法陣が、光を失って消えていく。
魔法が消えたことなんて、どうでもいいというように、アルベルト様が私に手を伸ばしたのがスローモーションのように映って……。
足を滑らした私の体が、一瞬木の葉のように宙に浮かぶ。
そのまま、まるで体が小さくなっていくかのような、不思議な感覚。
「キュイィィィィ――――ッ」
落ちていく私は叫ぶ。
それはまるで、私の声じゃないみたいで。
空の青、そして視界の端に、空色の尻尾みたいなものが映り込む。そのあとは、もちろん落ちていく以外にない。
それでも、落下して助からないだろうという、死に直面した恐怖を感じるより先に、私は見てしまったから。アルベルト様が、私に向かって手を伸ばして、竜の背中から飛び降りてしまったのを。
――――どうしてっ。なんでアルベルト様まで?!
次の瞬間、落ちていく不快感を上回る、安心感と温かさに私は囚われていた。
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